4月30日 叙情ハイキング
春の叙情ハイキングを行います。是非、ご参加ください。
* 日時;平成21年5月3日 10時~3時
* 目的地;多摩中央公園(宝野公園・奈良原公園・鶴牧公園も散歩します)
* 集合;小田急(京王)多摩センター駅改札口付近 午前10時
* 持参するもの;弁当、敷物、日本の歌百選、お小遣い
春の叙情ハイキングを行います。是非、ご参加ください。
* 日時;平成21年5月3日 10時~3時
* 目的地;多摩中央公園(宝野公園・奈良原公園・鶴牧公園も散歩します)
* 集合;小田急(京王)多摩センター駅改札口付近 午前10時
* 持参するもの;弁当、敷物、日本の歌百選、お小遣い
最近、立て続きに路上ライブに触れた。若葉台、上野、新宿である。いずれもで若い人たちで、ギター弾き語り、ギター演奏、ビブラホーン演奏、キーボード弾き語りなどであった。皆さん拡声装置を携え、足もとのケースにCDとチラシを飾り、演奏の合間に観客がそれを買って行く。
皆さん一生懸命演奏している。その演奏はなかなか上手である。服装も清潔感があり、語りも感じがよい。彼らは心から音楽が好きなのである。そして演奏をする喜び、演奏を聴いてもらえることがとても嬉しいのである。
若葉台公園や平尾団地での野外ライブ体験から、彼らの気持ちはよく理解できた。行きずりに人たちであるから、お互い義理はない。魅力がなければ人は集まらない。真剣に聴くこともない。聴衆の顔を見れば、それが一目でわかる。自分の実力が分かるのである。
路上ライブは、若いミュージシャンの鍛錬の場なのである。夢を実現するための道場なのである。行きずりのライブではあるが、彼らのひた向きな真剣さが心に伝わり、とても爽やかな気分であった。
風の冷たい一日であったが、よい天気である。思い切って夏の避暑対策、家庭菜園を実行することにした。ベランダには野菜を、庭にはつる植物を繁茂させる。
先ずはピーマン、きゅうり、ミニトマトの苗を鉢植えにして、ベランダに置いた。先日さやいんげんを植え、収穫の楽しさを味わった。涼と収穫が楽しめるなんて素晴らしい。嬉しくなってしまう。
朝顔は昨年収穫した種がたくさんある筈だが、探しても見当たらない。ユニディで球根朝顔が目についたので、白・青をそれぞれ1本づつ、それと一年草の西洋朝顔(赤)を1本購入した。これらの朝顔を庭の花壇に植えることにした。つるは既設の棚を補強し、これに誘導する予定である。
ゴーヤは長方形のプランターに植え、庭の日当たりのよい場所に置き、支柱とネットで2階のベランダ壁へ這わせることにした。
支柱とネットの敷設は後日行うこととし、今日の作業を終了した。
コールフレンドがスタートした。第三文化センター大会議室にスタートメンバー14名が集合した。練習日は第2および第4月曜日午後1時半より2時間である。
練習曲は当面、ICカレッジ<楽しいコーラス>での教材、「日本の歌百選」を使うことにした。スタイルとしては当面、季節の叙情歌を暗譜でハモレるよう、持ち歌を増やしてゆくことにした。
その方針に沿って、昨年出場したホタルの会・野外ステージを意識した曲目、「めだかの学校」、「茶摘み」「夏は来ぬ」などを練習した。本来であればパートを決めるべきであるが、当面パート選択は個人に任せた形で進めることとした。
たまたま美香が所要で来れなかったので、発声練習も歌の練習も弾き語りスタイルで行った。ピアノに向かっているとコーラスの詳細が聴こえない欠点はあるが、何かと手っ取り早い長所もある。まだまだ前間奏は下手だが、それなりにコード弾きの練習をしていて良かったと思った。
パソコンのリカバリーがほぼ終了した。リカバリーディスクを作っていなかったので、設定のかなりの部分をやり直した。あれこれ厄介な手続きが多いので、これはやる前から憂鬱であった。特に東日本NTTのセキュリティソフトには、かつて手こずった経験がある。ファイルを紐どき、しげしげ眺めているうちに少しずつ思いだし、案外簡単に復旧することができた。
もうひとつ気になっていたのは住所録である。これが復旧できないと、厄介である。450人程のデーターが入っている。特に年賀状の時期は、これで随分と助かっていた。ハードディスクの中から、リカバリーすることができた。
いまだ手こずっているのが、アドレス帳である。メール関係の住所録である。これは一年前のものしか復旧できない。まだ望みはあるが、最新版はリカバリーできないかもしれない。
そしてもう一つ気になっていたデーター、それは中原先生から頼まれた楽譜データーである。パソコン修理が済んだら、一番に作業開始する予定であった。果たしてこのデーターはしっかり復旧できた。この作業、早く済ませたい。
夕食終了後、パソコンのソフトの再インストールと設定を始めた。すっかり忘れているので、古いファイルをひっくり返したり、参考書を紐どいたり、ネット検索をしたり、あれこれ思い出しながら、夜の10時過ぎまで作業した。
お陰でほぼ復旧することができたが、まだうまく復旧出来ていないものもある。ひとつはメールアドレスを綴ったアドレス帳である。外付けハードディスクの中をいろいろ検索するのだが、存在が判明しない。
フレッツウィルスクリアは、かつて設定するときかなり手こずった。これはとても再設定出来ないだろうと思っていたが、あれこれトライするうちに見事成功した。案ずるより産むがやすしで、やれば出来るものである。
楽譜ソフトFinale、音楽ソフト・Digion 5、住所録、インターネット接続、プリンター接続等、大事な関係が次々に復旧した。このブログも修理したパソコンでアップしている。
何年振りかで昭和記念公園を訪ねた。当然のことだが、桜は終わっていた。チューリップとアイスランドポピーが真っ盛りであった。平日なのに、大勢の人で賑わっていた。
帰宅するとケーズデンキから留守電が入っていた。「パソコンの修理が終わりました」という伝言であった。夕食を済ませ、閉店前の8時半過ぎに受け取りに行った。買って一年というのに、バッテリーパックの交換代金として3万円とられた。給付金を貰う前に、それが早くも消えた。
新緑の季節を迎え、ベランダも庭も花盛り。毎朝外を眺めるのが、楽しみである。冬を越したパンジー、シクラメン、カランコエ、すずらん、いずれも元気である。
昨年病虫害でバッサリ切り詰められたつるバラ、カクテルも息を吹き返した。背丈は昨年の半分以下で花数は少ないが、ひとつひとつが大きく、色も濃い。「私、生まれ変わったの」と甘く香っている。
昨年秋に植えたカサブランカの球根も、順調に発芽し成長している。もう、背丈は30センチを超えており、見るたびに大きく伸びている。そろそろ支柱を添えなければならない。
さやインゲンは収穫を迎えている。ベージュ色の可愛い花をつけ、愛おしく眺めていると、いつの間にか見事に実をつけている。自然の節理とはいえ感動的であり、不思議なものである。
庭にインゲンを植えた。すいすい成長し、可愛い実を次々とつけてくれる。薄紫の花をつけた後、2~3日で緑色の実が誕生する。指で触れると赤ちゃんの肌のように柔らかい。4・5日待って、育った実を千切って味噌汁に入れる。ふんわりした歯触りと青い風味に心が癒される。
ユニディの花売り場にたくさんの野菜苗が陳列された。ナス、きゅうり、トマト、レタス、ピーマン、オクラ、ゴーヤなどなど、まるで八百屋の店先である。野菜栽培用の鉢セットも売られている。よーし今年は日除けを兼ねて、ベランダ野菜に挑戦しよう。
実のなるものは必ず花をつける。老体に鞭打ちながら、朝晩震える手で水やりをする。かすんだ眼を斜に構え、「おとっつぁん、お粥ができたよ」と呟きながら如雨露を傾ける。中風の手が震える。手元が狂う。跳ね上がった無数の水滴が、キラキラ宙に舞う。
佐藤大陸氏が逝った。享年77歳。突然の訃報であった。最近はお互い没交渉で、年賀状のやり取り以外お会いすることもなく月日が過ぎていた。
佐藤さんとのお付き合いは東二建時代である。自分が赴任した半年後に、佐藤さんは上司の課長として赴任された。お酒が好きで仕事が好きで、人懐こい熱血漢であった。
お通夜は夕方6時から、横浜市港北区の奉斎殿で行われた。100人ほどの弔問客の中、10人ほどの懐かしい顔も並んでいた。かなり久しぶりなので、ちょっと見では思い出せない人もいた。
読経・焼香後の精進落としにも参加した。お寿司を摘まみながら、故人を偲びしばし思い出話と近況報告に花が咲いた。例によって、自分のそば打ちも思い出話のひとつとして話題に上る。いつものように「まだ打ってますか?」と聞かれる。
もう卒業後20年近く経つが、やはりJH時代は懐かしい。まるで故郷に帰ったような、そう、実家に帰ったような気持である。こうしてみると、美しい思い出とは「人生を豊かにする心の財産」と言える。
昨日のコンサートを振り返って
① 準備万端整えたつもりだが、ご来場者芳名録を忘れた。
② 後半疲れが出たのか一瞬集中力が薄れ、一時伴奏が乱れた。もう一度休憩をとるか歌声広場を設けるかしてひと息継ぎ、緊張感復活続を図るべきである。
③ 五月の歌詞集を作ったことは正解であった。さらに内容の充実を考慮してはどうか。たとえばご来場下さった方へのお礼の言葉とかコンサートへの思いを綴ってはどうか。
④ ②と関連するが、花見に託けてピアノの練習時間が少なかった。弾き語りでも、何箇所か目で鍵盤を確認しながらて弾いていた。その都度マイク入力が薄れていた。
⑤ レッスン、講座、理事会、パソコンの故障、それに上記の花見等が重なり少々疲れ気味であったが、その割に体調も喉の調子も良かった。当日、朝風呂に入ったこともプラスであった。
⑥ 簡易ミキサーはレッスン時にも使用しているが、あの規模の会場では充分使用に耐える。会場備え付けの音響が全く使用不能なので、今後も昨日のシステムが良い。
⑦ スピーカースタンドの取り付け金具が見当たらず、やむなくフロントスピーカーは平置きで使用した。特に不都合は感じなかった。
2009 in 城山 ファミリーコンサートへ、多数ご参集くださりありがとうございました。お陰様で楽しい夢のようなひと時を過ごすことができました。お越し下さったお一人お一人の顔が、この目に焼き付いています。
音楽との触れ合い少なく歌うことが久しぶりという方、体調がすぐれず久々にお目にかかる方、賀状だけのやり取りでお目にかかるのはウン十年振りの方、本日初めてお目にかかった方などなど、音楽を通じて多くの方との出会い触れ合いがあり、心から感動した。
美香のピアノを聴いていると、いつもQを思い出す。4歳から音楽教室に通ったこと、遊びたがる美香を厳しくピアノに向かわせていたこと、イタリアコンク-ルへ二人して行ってきたことなどなど、様々なシーンが回想され、しばし不思議な世界を彷徨した。
Qも天国から会場に降りてきて、美香や百香の元気な姿にご満悦であったことであろう。ご支援くださった多くの方々に、厚く御礼申し上げます。
ファミリーコンサートin 城山
期日:平成21年4月19日 午後1時半開演
会場:稲城市城山文化センター
プログラム
*ピアノ演奏 (原口美香) (原口百香) ベートベン「テンペスト」 バッハ「メヌエット」他
*親子連弾 (原口美香・百香) モーツァルト「春のうた」他
*弾き語り (津川宏志) 「さくら」他
*コーラス (ヴォア) (ICカレッジ)
*歌謡曲 (コバクラ) (鈴木栄三) (北村俊明) (コバクラ) (四中シルバ)
*ゲストコーナー (白山ファミリー) (保谷ファミリー) (ゴッズストン)
問い合わせは 津川(042-350-0488)まで
*城山文化センターへの交通
京王線稲城駅より 私立病院行バス「向陽台6丁目」下車 徒歩1分
午前Kさんのレッスンが終わり、急いでフレンド平尾へ。19日の歌集とプログラムの印刷をする。歌集の大きさはA5版、前回と同様である。夕べ5月にふさわしい歌を選び、これにふさわしい挿絵を探し、寝るのが遅くなった。
その甲斐あって、今日はそれを印刷するだけ。午後1時から「いこいの家」でのレッスンである。わずかな合間を縫って、作業を進めた。事務局の女性が裁断作業を手伝ってくれて、大変助かった。
憩いの家では「京都二年坂」の最終レッスンである。一通り復習し、「楼蘭」「Lovesongが聴こえない」を残して、ほぼ仕上がった。
60名の合唱には迫力がある。素人集団の歌ではあるが、歌声に命が吹き込まれ、聴く者の心を揺さぶる。心から感動するし、大いなる元気をもらえる。ひとは「疲れるでしょう」と仰るが、それ以上に元気をいただいている。これぞ歌の力なのである。
昨日はICカレッジ「楽しいコーラス」の第二回目講座日であった。前回はオリエンテーリング主体であったが、昨日は体操→発声→休憩(美香ピアノ+α)→抒情歌→コーラスと、本来のパターンとした。
時間配分は体操に10分、姿勢・発声練習に30分、休憩10分(エリーゼのために+涙そうそう)、歌練習1時間、その他10分という内容であった。
発声練習を従来よりも長くとったが、特に問題は無さそうである。姿勢・発音・腹式呼吸・音階練習など密度濃くハードであったが、皆さん、熱心についてきてくださった。特にパピラリ卵はリズム感もあり、楽しそうであった。
発音について、今回は母音主体で行ったが、次回は子音(カ行、サ行、タ行・・・)発声に時間をかけたい。また次回からはこれらに加えて、和音(ハモリ)練習を取り入れていきたい。
休憩を挟んで4月19日のファミリーコンサートの出し物を練習した。「どこかで春が」「早春賦」「浜辺の歌」の3曲である。今回講座生の特徴といえば、前回に比べ人数が増えたこと、コーラス経験者が入ってきたこと、男性が増えたことの3点である。
その新風の影響は大きく、これにより和音に厚みとパワーが備わって来た。上記3曲を初めてハモッたわけだが、その出来映えは期待を遥か超える素敵なハモリであった。
このグループを単なる二部合唱で終わらせてはいけない。新風を追い風に楽しいコーラスを育て上げるべきである。講座名を「楽しいコーラス」としたことは、大正解であった。うれしい限りである。
花見疲れが出てきた。当然である。1週間ほど出っぱなしであったもの。その最中は体調がよくて、一日中歩いても大した疲れを感じなかった。でも<感じない>=<疲れていない>とは限らない。「これだけ動いて疲れが出ない筈が無い」と覚悟していた。
果たして昨日くらいから、朝目覚めたとき体がだるい。トロトロ8時半から9時まで寝ている。起きると腰は痛いし、心臓も悲鳴を上げている。肩も凝っているし血圧も高い。
元気なうちに1週間ほどかけて、北海道ひとり旅をしてみたい。現役時代からの夢である。夏の北海道はさぞ素晴らしいことだろう。ウクレレとモバイルパソコンを携えて、知床や釧路湿原を自由に歌旅してみたい。出来ればマイカーで行きたい。
そんな体力が残っているかどうか、花見に託けて試してみた。甘い採点だが、どうやら1週間程度は行けそうである。毎日寝床が変わるから、疲れは今回以上に激しいだろう。いきなりの北海道行きは不安である。3泊ほどのひとりドライブを試行してみる必要がある。
また、パソコンの調子が悪い。プログラムが開かない。システムの復元も開けない。日本語変換もおかしい、終了できない。でもでも、イラつくのはやめよう。もう慣れっこである。修理に出したいが、データーバックアップさえ出来ない有様。
若干の救いはある。外付けハードディスクの使用である。バッファロウの500ギガハードディスクにデーターはストックしてある。ただし「ほぼ」である。最新の練習曲集データーとデジカメ撮影データーは、残念ながら外付けハードディスクにはストックしていない。
もう一つ助かることは、モバイルパソコンの存在である。この様な事態に備え、予備パソコンをキープしている。現在、そのモバイルを使用してブログを書いている。そのブログも、かつてはホームページのみに頼っていた。やはりこの日に備えてブログにしていた。
備えあれば憂いなし。憂いはあるが、多少備えがあって良かったと、そう思うことにした。
中央公園の桜もほとんど散ってしまった。都内の桜も、同じであろう。この暖かさで、東京の桜は一斉に開き、一斉に散ったのである。花の命は短い。でも、その美しさはいつまでも目に残る。昨日の夕方はウクレレ持参で、若葉台公園の花見をした。花の下でウクレレ伴奏で叙情歌を歌うことは心地良いし、和音を覚えるのにも役立つ。
来週からコールフレンドがスタートする。この練習にはウクレレを大いに活用するつもりである。ウクレレが発声練習にも歌の伴奏にも、十分使えそうなのである。これはいこいの家でのレッスンでも、立証済みである。音が少々小さいので、アンプによる増幅を考えたいが、これは可能なことも分かっている。またウクレレが意外と和音の勉強になることも確認している。
以上で花見は一段落である。今年はかなりの数、各地の桜を見たが見落としている所もある。昭和記念公園と高尾山である。が、高尾山はひょっとしたらまだ間に合うかもしれないが、今年はここまでにしておこう。少々疲れた。来年見られるかどうか定かではないが、それはそれで仕方がないことである。今、我が脳内は桜花でいっぱいである。
お参りを済ませ、中央頂上広場の駐車場に車を止め、絶景を眺める。駐車場から山の頂上に向けて階段が設置されている。かつて一度も上ったことがない。思い切ってこれを登ることにした。急こう配な木製の階段である。一段一段上るたびに、下界の景色を眺める。当たり前のことだが、上るたびに展望が開ける。途中いろんな人とすれ違う。驚いたことに幼児が両親とともに昇っている。老人も上っている。こちらも負けてはいられないという、気持ちになる。
やがて頂上に着く。カメラを持ったおじさんと仲良くなり、シャッターを押してもらう。まだ見ていないが、自分がどんな顔をしていたか、確認するのが楽しみである。
帰りは中央道経由とする。霊園を出るとき、右手からの車にびっくりした。いつもは東名で帰るので、この交差点は直進している。右折することは稀である。今日は交通量が多い。慎重に発進したつもりではあるが、スポーツ車が急速に接近してきた感じだ。当方ももう少しゆっくり待って発信するべきであったかも知れない。道がカーブしているせいもあり、急に車が現れたように感じ驚いた。
河口湖大橋を渡り、一宮御坂インターに向かう。途中の桃が目的である。幸いこれもばっちり、満開であった。釈迦堂パーキングに駐車し、徒歩で下り線側に回り、資料館庭と周辺桃畑を足早に鑑賞し、帰路に着いた。中央道は順調な流れで、渋滞は一切無かった。交通量が多かったこともあり、全く眠くならなかった。八王子ジャンクションで、圏央道方面に流れる車の多いのに感心した。
一通り若葉台多摩センター周辺の花見が終わり、ほっとした。今年はあちこち、まめに花見をした。なぜこんな気になったのか、我ながら不思議だ。これで一段落だが、次は富士霊園の桜と甲府の桃が気になってきた。お墓参りもしたいところだ。予定表を見ると、今日はK氏のレッスンが終われば午後は空いている。急遽、花情報をネットで調べてみた。なんと両者とも満開と記述されている。咄嗟のことだが急いでおにぎり弁当を作り、おっとり刀で家を飛び出した。(弁当を作るナンザー、一端の主夫である)
今日も良い天気である。いつも通り緑インターから東名に乗る。先ず東名の交通量の多さを感じる。自然渋滞の一歩手前状態である。厚木を超えれば空くだろうと思っていたら、補修工事で交通規制(3車線を2車線に)をしていたためであった。やはり貨物車が多い。
御殿場サービスエリアで昼食を摂り、一路霊園に向かう。富士霊園は花見の客でいっぱいである。正門を入ると交通整理員が疲れ切った様子で、旗振りをしている。客が多いはずである。桜が満開なのである。売店で献花とお線香を買ってお墓に向かう。染井吉野もしだれ桜も、赤や白の花桃も、黄色いレンギョウも、こぶしも一斉に開花している。珍しく富士山が眼前によく見える。供物を備え線香を立て、お墓に「お陰で元気にしてます。美香も百香も皆も元気です」と報告する。(続く)
多摩センター駅の南、多摩市落合五丁目から鶴牧四丁目にかけて「富士見通り」という名の通りがある。その名の通り、幅員数十メートルの芝生を挟んだ両側には歩道が設置され、その両側に桜並木が延々と続く。晴れていれば西側正面に富士山の頂きがくっきりと見える。桜の名所として知る人ぞ知る、多摩市落合3丁目の宝野公園である。
その公園の桜が今日は満開。5月中旬並みの気温と真っ青な空、遥かに富士山頂を眺望しつつ多摩の春を満喫した。何よりも公園規模の大きさには度肝抜かれた。
桜ケ丘公園も春爛漫。平日ではあるが、大勢の花見客で賑わっていた。ウクレレを持参していたので、早速記念館西側の吾妻屋に陣取り叙情歌を歌う。たまたま居合わせた女性(お母さんグループ)に声を掛け、知らぬ花見客同士で楽しい歌のひと時を過ごした。
「あまり叙情歌は歌ったことがありません」とか、「歌を歌うのは久しぶりです」と云いながらも、「めだかの学校」や「花」などを楽しく歌ってくれた。KさんがICカレッジの宣伝をしたら、「私たちも稲城市に住んでいます」という返事であった。
聖ヶ丘緑地と中央体育館の桜と新緑を見て一端帰宅。19日のポスターを持って、午後3時ごろIC事務局を訪問。中田さんと備品庫整備や講座等専門委員会設立の話をした。話が終わった後、雑談的に桜ケ丘公園吾妻屋での話をしたら、目を丸くして喜んでくれた。
このところウクレレを弾く機会が少なかったが、使用してみるとウクレレは便利で楽しい楽器である。もっと使いこなして、レッスンにもライブにも利用するべきである。ちょっと音が小さいのだが、マイクや専用のアンプを使うことでこれはカバーできそうである。発声練習などにも十分使えそうだ。
聖ヶ丘緑地、府中の森美術館、桜ケ丘公園、桜ケ丘カントリー、稲城中央体育館、若葉台公園、
聖ヶ丘緑地の花桃、桜、モクレンが一斉に開いた。こじんまりした緑地公園であるが、その花々の美しいこと、まるで夢の世界である。例年だとまず花桃が咲き、次がモクレン、そして桜なのだが、今年はすべて皆一斉に開いたのである。こんなことは始めてである。
府中の森美術館では「山水に遊ぶ」と題し、江戸時代の様々な画家たちが描いた風景画を展示している。曽我蕭白の「月夜山水図屏風」や伊藤若冲の「石灯籠図屏風」はじめ狩野派、やまと絵、文人画、浮世絵など江戸絵画をふんだんに見ることが出来た。
桜ケ丘公園では、桜もさることながら武蔵野の新緑が素晴らしい。毎年、萌黄色はほんの一瞬の世界である。昨日の暖かさで一段と色づき、今日の萌黄色は特に素晴らしかった。また昨年は見逃した記念館付近の桜木も今日が満開、多くの人々が花見を楽しんでいた。
桜ケ丘カントリーの桜を見たのは初めてである。ゴルフをやめてもう15年くらいになる。桜ケ丘カントリーでプレーしたのは何時のことだっただろうか? 多分20年程前のことであろう。ちょっとずうずうしいとは思ったが、ゴルフ場の駐車場に車を置き、カメラを持ってクラブハウス近くの桜を観賞してきた。キャディさんも感じ良く、お客でもないのに愛想よく挨拶してくれる。桜も見事満開でゴルフ場の緑に映え、しばらくゴルフと桜と春風に身をゆだね、気持ち良くティショットを眺めてきた。
稲城中央図書館の桜も、やっと満開を迎えていた。夕方5時半頃だったろうか、たまたま東の空に薄っぺらい昼月が顔を出し、花の蜜をついばむ小鳥たちと春の三大トリオを演じてくれた。まさに平和そのもの、夢のような世界である。
若葉台公園の桜木も今年は枝ぶりも一段と大きく成長し、あっ晴れ若武者ぶりであった。犬を連れて散歩をする人、キャッチボールをする人、ベンチに腰かけている人。それぞれに皆、春を楽しんでいるように見えた。
一日中快晴。気温も高く絶好のお花見日和。保谷教室終了後、武蔵関公園、小金井公園、府中公園、稲城中央体育館、若葉台公園の桜を観察。
武蔵関公園は実に久しぶりである。周辺の景色が随分変わってしまって、最初はこれが本当に武蔵関公園かと疑ったほどである。しかし入り口近くになると、昔の面影が残っていた。東側門前にあった茶店はもうその面影さえない。ボート池や遊歩道や広場が整備され、随分立派な公園になっていた。桜は満開であった。
平日にもかかわらず小金井公園は花見客でおお賑わい。駐車場も満杯の状態で、しばらく待ってはいることが出来た。ここも一段と整備され、平日だというのに、広場は花見客で賑わっていた。
いよいよ春爛漫。靖国神社も神代植物園も井の頭公園も満開。靖国神社はサラリーマン、神代植物園はシルバー族、井の頭公園は若い人、それぞれ特徴はあるがすべて主流派健全なお花見。日本も捨てたもんじゃーない、見ていて気持ちが良かった。
靖国神社へ向かう途中、都会の騒音と人ごみの中、とある交差点ベンチで叙情歌を歌う。若葉台公園で歌うのとは違った気分。靖国神社付近でも歌いたかったが、人ごみで場所を摂れなかった。しかし堀の水面に向かってしだれ咲く桜に魅せられた。サンセットのコラボも素晴らしかった。
若葉台公園と稲木中央公園は5分咲き、一本杉公園は満開であった。
300年前の放浪画家、曽我蕭白の強烈な表現に衝撃を受ける。「この混沌とした暗闇を抜けるためには音楽と絵画の力が大きい」と断言した解説者、そ納得できるね。
練習曲集の挿絵に浮世絵を挿入してみて感じていた。歌と絵画のポラボレーションがワンダフルなのである。そんな時、NHKテレビで見た曽我蕭白の作品にDNAが目覚めたのか、本能的に惹きつけられた。強烈に。また「不安は芸術の素である。不安こそが芸術の根源である」と。
叙情歌や演歌を歌いながら感じる安らぎ、これは不安や孤独の裏返しなのである。
昨日のこと、それは絶好の花見日和でした。空は晴天、最高気温は18度。レッスン終了後仲間を募り、ウクレレ携え都心へと繰り出した。(続く)
小田急線、新宿、総武線、市ヶ谷、靖国通り、桜並木、花見客、叙情歌、靖国神社、千鳥が淵、サントリーラウンジ昴、カクテル(キンカン、イチゴ、ソルティドッグ)
桜のシーズンになると落ち着かない。花の命は短くて、いつも思わせぶりだからである。今にも咲きそうな素振りで人を惹きつけるが、その実なかなか開かず、まだまだ咲いているだろうと思いきや、一夜の風雨でいとも簡単に消えてしまう。
今年も1月~2月は比較的暖かい日が続いた。この調子なら桜は早かろうと期待した。ところが2月後半から寒い日が続いた。雪が降ることさえあった。せっかく膨らんできた蕾も、あまりの寒さに沈黙してしまった。
パッと咲いてパッと散る桜は「日本の心」、我が心の故郷である。花見は古来より日本人に引き継がれた国民的文化である。「楽しく歌おう日本の心」を提唱する身としては、これを疎かにすることは出来ない。「あらゆる機会をとらえ、この伝統文化を支えるべし」とDNAが騒ぐ。
開花と天候とご都合の三条件が揃わないと、花見は成立しない。どうやらこの週末がそのタイミングのようである。都心の花が見ごろを迎えている。DNAが「立ち上がれ!桜が君を待っている」と耳元で囁く。そうだ、この時期を逃してはいけない。この歳になると「また来年があるさ」は禁句である。「いつまで続くこの命」、思い立ったが吉日だ。仲間を誘って都心へと繰り出そう!!!
一般に叙情歌コーラスはソプラノがメロディ、アルトその他パートはハモリ専門としたパターンが多い。人の声の高さはまちまちだから、このパターンだとたまたま声の高い人はいつもメロディを、低い人はいつもハモリ部分を歌うことになる。考えてみるに、これは如何にも不公平である。ソプラノはいつも気持ち良くメロディを歌い、他のパートは専らハモリを楽しむことになる。
アルトもテナーもバスも、メロディを歌いたいであろうし、ソプラノもハモリを楽しみたいであろう。旋律の高い所はソプラノが、低い所はその他のパートがメロディを歌えばよい。その時ソプラノは旋律の3度上かさらに上部を白玉でハモル。例えばこの度の「荒城の月」のような編曲パターンである。
歌う人数も常に固定されてはいない。ある時は二人で、ある時は10人、また或る時は40人でと、ケースは様々である。いろいろなパターンがあって良い。少なければ2部合唱、多ければ3部や4部合唱、またバックコーラス付きの独唱やハモリも洒落ている。また演歌のデュエットに見られるように、代わり代わりメロディを歌うスタイルも楽しい。
取りあえず簡単な編曲~~例えば出だしの中音部分はユニゾン、さびへ向かう高音部分は2部、さびは3~4部とし、旋律が落ち着く最終部分は、賑やかな曲は4部、静かな曲は2部かユニゾンとするなど~~バランスのとれた楽しいハモリを作ってみてはどうか。
もちろん叙情歌は短い曲が多いので、様々なパターンを組み合わせた組曲も面白い。マイクを使うことも一向に差し支えない。
April Fool、最近はあまり聞かなくなった英語である。何故? 世の中に嘘が無くなった? そうかな? 世の中嘘が多過ぎて今さら何さ? さて、どちらだろう。いずれにしても四月一日だからと云って、俺は嘘で固めるつもりはない。ICカレッジ「楽しいコーラス日本の心」のスタートなのである。
そもそも今回のスタートは、突然降って湧いた産物である。「楽しく歌おう日本の心」が3期続き、4期の準備中、如何なる理由か分からねど会場・曜日とも変更を余儀なくされた。いうなれば講座のピンチ到来である。
グランドピアノがあってテーブル・椅子があって、ホワイトボードがある会場は、二か所しかない。第三文化センターと城山文化センターである。城山文化センターは数ある文化センターの中で最も進歩的な設備を有するホールで、人気抜群である。当然なかなか借りるチャンスがない。次がお世話になった第三文化センターである。2年前、講座開設するにあたり、是非にとお願いしてお借り出来た経緯がある。
第三文化センターの使用を突然断られ、がっくりきた。しかし愚痴っても仕方がない。この際気持ち良くリセットすることにした。(さすが自分は人間が出来ていると思った)。まず講座名を「楽しく歌おう日本の心」から、「楽しいコーラス日本の心」に切り替え、ヴォーカルトレーニングとハモリを前面に押し出すことにした。
次に会場であるが、もっとも部屋数の多い「ふれんど平尾」で行うことにした。グランドピアノは無いが、アップライトと電子ピアノがある。1階の市民ホール(若干名前負けの感あり)には机や椅子が豊富である。部屋も広い。悩みの種であったトイレが、一部和式から洋式(ウォッシュレット付)に改装された。
そこで思い切って、リセットしたのである。と云うのは合唱をやっている方の参加を求めたかったのである。継続される方も10人を超え、雰囲気も楽しく歌唱力も意欲も申し分ない。これに合唱経験者が入れば鬼に金棒である。この思惑が当たったような気がする。
①人数が増えたこと ②男性が増えたこと ③コーラス経験者が増えたこと ④上品で知的な方が増えたことなどなど、好ましい状況が高まってきた。継続の方も熱心な方が多く、今日は初日だというのにとても和やかで楽しい雰囲気であった。
「夫婦でコーラスをしたい」というカップル、「老老介護で2時間だけ抜け出てきました」という男性の声が頭に残っているが、「正しい発声を覚えたい」という声が断然多かった。「楽しいコーラス・日本の心」と名づけ、ヴォーカルトレーニングを前面に押し出したことは正解であった。
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