3月も今日でお仕舞い、明日から新学期スタートの4月である。たまたま明日から始まる「楽しいコーラス日本の心」講座の準備で、ふれんど平尾に赴く。楽譜のコピーや会場の設備を点検する。
会場は4階の音楽室から1階のホールに変更した。ホールにはガスストーブ2台、黒板、電子ピアノ、椅子、テーブル等、使用する機材が揃っている。ガスストーブに点火し、黒板に資料をマグネット留めを、電子ピアノには手持ちのスピーカーを接続してみた。いずれも使用可能で、ほっとする。
ホールは北向きなので、この時期でも底冷えがする。部屋が広いので、講座開始の1時間前にはストーブに点火することが好ましい。部屋には2台のガスストーブが置いてある。ストーブ囲んで叙情歌を歌うなんて懐かしい風景ではあるが、冬場になったらこれだけの設備では心もとない。
電子ピアノはスピーカー内蔵であるが、この会場では出力不足である。手持ちのスピーカーを接続してみた。古い電子ピアノであるので、出力端子が付属しているかどうか不安であった。フォーンジャックの差し込みがあり、そこから音が録れることを確認した。
資料の保管場所については、2階IC事務局に接したコピー室に確保できることを確認。ただし古い機器が散乱しているので、これを片付ける必要がある。これについては事務局の石田さんにお願いしてきた。
昨日作った楽譜集の索引目次と「荒城の月(二部)」の楽譜を印刷した。
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4月1日が近付いてきた。IC新規講座「楽しいコーラス」のスタートである。コーラスと名づけたが、半分はコーラスのための発声練習、ヴォーカル・トレーニングである。ヴォーカルトレーニングが健康に寄与することは、各方面で立証されているところである。自分自身も、レッスンでそれを十分確認している。長年の喘息が治った方もおられる。
そのヴォーカルトレーニングの内容だが、これからの新規講座を進めながらまとめて行きたい。今までの体験である程度のプログラムはあるが、これを体系化したいのである。現在カレッジ様にまとめた教則本「歌唱の基礎」を補足し、充実させたいのである。
具体的には姿勢、表情、口の開け方、響かせ方、腹式呼吸、リズム、譜読みなどなどである。挿絵と楽譜を豊富に駆使し、分かりやすい構成としたい。Vocal Traningがトレーニングだけで終わらないよう、即歌に役立つように、即効性のあるものにしたい。そして歌が楽しく、正しい発声が自然と身につくようなものにしたい。
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昨日のリベンジではないが、午後、中央道経由で都心の花見ドライブをした。
稲城大橋から中央道に乗る。ゲイトインを待つ車が、料金所前に行列している。無理もない。ETCレーンは無く、徴収員による現金徴収をしているのである。「もうすぐ、無料になりますから・・・」と徴収員の引きつった笑顔で応対していた。
中央道は渋滞こそしていないが、満杯の交通量であった。また高井戸出口では、本線まで渋滞が伸びる直前の状況であった。多分、日曜日のことで、環八が渋滞しているのであろう。外苑出口までは順調であったが、ランプを出たとたん交通規制である。
何事かと思えばマラソンをしているのである。外苑周縁道路が規制され、ほとんど通行できない。周辺道路の桜を楽しみにしてきたのに、残念である。やむなく千鳥が淵方向へ直進した。
半蔵門交差点を左折し、千鳥が淵やイギリス大使館の桜を見ながら皇居を一周した。好天に恵まれた日曜日ということで、たくさんの人が花見に参じていた。しかしその花はまだ、ポツリぽつりである。
国会図書館前の桜は例年早咲きである。最高裁判所通りを左折し、それを点検しながら議員会館通りを南進、霞が関インターから首都高速に乗り、帰路に就いた。意外にも国会図書館前の早咲き桜も、まだ1分咲き程度であった。今年は春が遅いのである。
二日間の桜調査により、現在最も美しい桜並木は稲城市若葉台の陽光桜であることが判明した。この桜ドライブ、また来週行ってみよう。
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午前中雅会。練習曲集「京都二年坂」の最終レッスン、ひとり歌唱と、新練習曲集「いのちの歌」の第1回レッスンを行った。ひとり歌唱では、会員の皆様の歌唱力向上が感じられた。また、歌唱に先立って発声練習を行ったが、予想以上に好評であった。発声は歌の基本である。これからも階の頭に、発声を取り入れることとしたい。
午後はヴォアの練習日である。桜が咲き始め、天気も良かったので、急遽、野外レッスンをすることにして、神代植物園を訪問した。桜はソメイヨシノは時期尚早であったが、神代曙など、ピンク系の早咲き桜が綺麗であった。また、その他(名称は忘れたが)様々な花が、色とりどり咲き誇っていた。
神代植物園は花見客で賑わっていた。昼にはコンサートが行われたようで、大芝生には野外ステージや椅子が設置されていた。さくら通りの近い売店付近のテーブルに陣取り、ウクレレの伴奏でコーラスの練習をした。野外でのコーラスは室内とは違った解放感がある。皆さん、よく声が出ていた。
5時過ぎに植物園を後にして、ついでなので都内の桜を見ようと調布インターへ向かったが、かなりの混雑で、しかも高井戸インター出口は事故で閉鎖の模様。止む無く甲州街道を答申したところ給田のあたりからひどい渋滞。仕方なく近隣の武蔵野市役所他をドライブしながら帰宅、馬車道で皆と夕食。
食後、今後のヴォアのあり方等について意見交換を行った。当面、4月19日のファミリーコンサートへ向けて集中することとし、その後皆さんの意見を聞いて新しい方向を定めることとした。方向として他との差別化を図る意味で、「歌謡コーラス」を楽しむ方法もあることを参考意見として申し上げた。
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ICカレッジ講師交流会が開催された。市から教育部長、生涯学習課長、担当の中田係長他、事務局から石田さん、ICカレッジ学長、理事長他理事ならびに講師等が出席した。先般の展示発表会の総括と講師交流会のあり方等について、1時間半にわたり、熱心な討議が行われた。
まだ第1回目のこともあり、時間の関係もあり、問題点のクローズアップに甘さを感じたが、回を重ねて問題点や改善策をクローズアップさせたい。次回は7~8月に行うこととした。
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3月も残り1週間を切ってしまった。間もなく新学期が始まる。ICカレッジも「楽しいコーラス」として装い新たにスタートを切る。
1年半お世話になった第三文化センターに別れを告げ、会場がお隣の<ふれんど平尾>となる。4階の音楽室にはピアノがあり、それをお借りする予定にしていた。ところがエレベーターがないので、足腰の丈夫でない方には苦痛ということで、受講を諦める人が何人か居られた。
何とかならないかと思い、1階の音楽室を覗いてみた。名称は<市民ホール>となっており、椅子、テーブルが備えてある。デジタルだがピアノも置いてある。そしてもう1点、これは本日判明したことだが、トイレが改良されていた。トイレにウォッシュレットが整備されたのだ。
2~4階のトイレは全て旧式の和式トイレである。これは高齢者にはきついスタイルである。それがホールに近い1階のトイレのみ、男女それぞれ2機づつだが、この度改良してくれたのである。従ってピアノと空調については4階の音楽室の方が有利だが、階段を登らなくて良いこと、トイレがウォッシュレットであること、イス・テーブルがあることなど、1階のメリットも大きい。
そこで検討の結果、当面1階の市民ホールを使用してみることにして、本日使用願いを提出した。「楽しいコーラス」は第1回目の講座から、1階の市民ホールを使用することになった。
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3月も残り僅か。朝からフレンド平尾の会議室を借用し、新練習曲集「いのちの歌」の印刷作業を行った。重いA3用紙など道具運びが少々面倒だが、コピー機の性能が抜群だし部屋が広いので、ツガワ歌研で作業を行うよりもずっと効率的なのである。
次々に刷り上がって行く曲集の各頁を見ながら、挿絵を改めて確認する。バランスは良いか、曲とマッチしているか、絵に魅力と説得力はあるかなどなど。今回はお茶の水まで出張し、素材を入手した。仕上がりを見るとやはりその甲斐あって、一流作家の絵画やデザイン画は人を惹きつける魅力を備えている。コピーと云えども一級品は違うと思った。
今回は自分なりに組絵を挿入してみた。手持ちの素材を自由に組み合わせ、挿絵を作ってみたのである。自己満足ではあるが、これもが悪くない。一つの素材では表現でき無かったものが、複数の素材を組み合わせることによって、新しい命が誕生する。それなりに物語ってくれる。また近いうちに名画や種々デザイン、白黒写真などを物色し、組絵の素材を研究してみよう。
音楽と名画が合体できれば、聴覚と視覚のコラボレーションが展開する。挿絵イマジネーションが脳を刺激し、歌への情感を高めてくれることを期待する。少しでもレッスンを楽しくしたいものである。
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日本中が野球に沸いた。自分も、久々に野球の面白さを満喫した。
約10年前まで、日米の実力の差は歴然と居ていた。大人と子どもほど違っていた。それが何時の間にかその差が縮まり、近年はむしろ逆転したのではないかと思われる。
今回のスコアも日本対アメリカのスコアは9:4であった。内容は決してフログではない。バントや盗塁などの緻密なプレー、時にはたたみ掛ける連打、エラーの少ない守備などなど、アメリカの野球とは一味違う日本式野球。その点アメリカ野球はホームラン頼みの大味野球である。今回のWBCを見て、アメリカフアンの落胆ぶりはさぞかしであろう。
一方相撲の話はこの裏返しである。強いのは外人力士ばかり。二人の横綱もモンゴルである。見たところ、風貌は日本人と間違えるほど似ているが、外人であるとには変わりはない。だから、このところ相撲はめっきり見なくなってしまった。
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「楽しく歌おう日本の心」第3期講座の卒業コンサートが無事、終了した。講座が半年単位なので、卒業コンサートもすぐにやってくる。受講生全員と次期受講予定の方、それにいつも写真撮影をお願いしているTさんが駆けつけて下さった。これは本当に嬉しく、励まされるものである。
卒業コンサートも今回で3回目である。「いつも同じことやっていて」と思わぬでもないが、受講生の皆様の楽しそうな様子を拝見するにつけ、「やはりやって良かったな」と思った次第である。
スケデュールは、集合が1時、準備と体操をしてコンサートスタートが1時半。終了が3時半である。歌唱曲数は第1部が12曲、休憩と特別プログラムを挟んで第2部が10曲。1部と2部の間に休憩と特別プログラムを挟んだ。特別プログラムは美香のピアノ演奏「幻想即興曲」他1曲と、自分のピアノ弾き語り「さくら」他1曲とした。終了は予定の3時半を少々過ぎたところであった。
1部と2部の間の特別プログラムは、当初は美香のピアノだけとしていたが、受講生の息抜きのため少々時間延長し、自分の弾き語りとアンコール曲(美香のピアノ)を付け加えた。これは受講生の要望を受けて変更したことだが、確かに1部と2部の間は少々時間があった方が良い。次回はもう少し内容を検討しても良いかなと思った。(例えばお客さんや講座OB生の歌など)
カメラマンのTさんから、全員に初回の集合写真を頂いた。本来、自分が焼き増しするべきなのである。忙しさにかまけ、本当に申し訳ないことである。
撮影も今回で3回目である。Tさんはいつも素敵な写真を撮ってくださる。そして1回ごとに腕を上げておられる様子がよく分かる。いつも似た被写体なのに、その都度新鮮味を感じ、その場面が髣髴する。そして自分はこんな表情をしているのかと、がっかりしたり喜んだり・・・。
ということで、いつもTさんのご好意に甘えている。多分ご迷惑な部分もあるだろうが、写真の表現力は絶大である。とても参考になるので、これからも是非継続してお願いしたいと思っている。
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卒業コンサート並びにファミリーコンサートへ向けて、弾き語りの練習を始めた。以前挑戦した、「さくら」「もしもピアノが弾けたなら」「津軽平野」などを、楽譜を見ながら演奏してみた。コードも歌詞も、そこそこ覚えてはいるが、完全ではない。楽譜を見ながらの演奏となる。ところがその楽譜だが、どうも小さくて歌詞も音符も見にくい。だから歌に入れない。
これではいけないと、以前試した歌詞コード(文章+コードネーム記述)方式で演奏してみた。
果たして、こちらの方が、ずっと歌に入り込むことが出来る。弾き語りに楽譜は不要なのである。むしろ邪魔にさえなることがある。弾き語りは歌が主役なのである。伴奏に気を取られ、歌が蔑ろになってしまってはいけない。ある程度覚えるまでは楽譜は必要だが、あるところからは楽譜離れが必要なのだろう。
コード奏法の良さは伴奏表示を簡略化し、歌に集中できることである。伴奏が歌を助けることである。楽譜を見ながらの演奏は、譜読みに気を取られ、歌が疎かになる欠点がある。これを克服しなければいけない。
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「楽しく歌おう日本の心」「歌声広場」「ハーブティコーナー」等について(記述予定)
* 発表会はトータルとして成功であった。今後も行うべきである。
* ワンステージは30分が適当である。
* 音響の事前チェックを行うべきである。
* お客さん参加型はとても良い。
* ハーブティはとても良かった。
* 前の日に一日かけて掲示板を作った。これは正解であった。
「科学の話」の時、映像が出力できなかった。直結にしてしのいだが、用意して行ったケーブルが役に立った。備えあれば憂いなしである。
「お琴」の演奏は持ち時間を5割オーバーした。これは少々長すぎる。聞いていても、ちょっと飽きてくる。局数も多いが、1曲ごとの編曲がリーピーとが多く、飽きるのである。素人の演奏である。同じメンバーで何曲も聴くのは苦痛でもある。
「民謡は」最後の出演である。時間どおり始まろうとしたが、講師が持参したラジカセの音が小さく、踊りの伴奏として使えない。このことについては事前の打ち合わせ時に気になり、担当講師にお聞きしたところなのである。「いつもやっているから問題ない」と講師は答えていた。会場が広く、人が大勢いると音が吸収されてしまうのである。心配したとおりである。
急遽、小さいラジカセ音をワイアレスマイクで音取りし、スピーカーに流し増幅した。事無きを得た。(続く)
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今日は春分の日、金曜日だが祝日である。天気は朝方雨で心配したが、午前中に雨は上がり、発表会が始まる11時ごろは、薄日が差すほどに天気は回復していた。本日は第三金曜日で、本来なら「いこいの家教室」のレッスン日であったが、幸いなことに施設が休みと云うことで他の曜日に変更されていた。
会場に10時少々前に着いた。既に数人の理事さんが来ておられ、「ご苦労様」とにこやかに迎えてくれた。また間もなく受講生の方々も、三々五々集まって見えた。会場作りと楽器類のセッティングを行った。ステージ部分をかなり広くとり、後ろ部分にハーブティコーナーを設置し、その間に椅子は60個ほど並べてみた。これはちょうど良いバランスであった。
11時から「科学」講座の発表が始まった。休日とは言えやはり、午前中は人が集まらない。一般の人は少なく、理事と受講生が20人ほど集まった。植田講師が編集したテレビ番組を拝見した。自分も1~2度見た番組であるが、じっくり見たのは初めてである。結構面白かった。
専らプロジェクターを使用したのであるが、使用にあたって少々トラブルがあった。セレクターがDVDを受け付けないのである。やむなくケーブル接続で事なきを得たが、一時はプロジェクターの使用を諦めねばと、心配した。実はこの接続ケーブルは自分が家から持参したものである。こんな事態は予想していないから、自分の音響作りで、まず不要だろうが「ひょっとして」と思って持ってきたものである。これが植田講師の発表に役立つとは、夢にも考えていなかった。
12時半頃から、「座って弾くお琴」の準備が始まった。舞台に椅子とお琴を並べる。今回は10台くらいが舞台いっぱい並んだ。ステージを広めに取っておいて正解であった。1時ぴったり、発表会午後の部が始まった。
各ステージは30分の割り当てである。そう事前にはお願いしていた。ただし踊りについては「お客さん参加」踊りで、プラス10分を要求されていたので、その点は大目に見ることにしていた。
ところが「お琴」が予定の30分が過ぎても終わらない。15分もオーバーしてしまった。最終は3時半と決まっているので、どこかで帳尻を合わせなければならない。止む無く我々「楽しく歌おう」と「歌声広場」を合体し、この15分を吸収した。(続く)
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ICカレッジの展示発表会が本日19日より~21日までの三日間、体験学習館にて開催される。展示発表会については1月の理事会で議題となり、より活性化する方向で取り組むことにしたところである。展示は三日間、発表会は20日の一日である。
我が講座「楽しく歌おう日本の心」は昨年に引き続き、発表会に参加することにした。この他「お琴」と「民謡踊り」のチーム、それに「科学」の講座がこれに参加する。
参加四講座のうち「科学」だけが少々異色なので、これを午前中にお願いし、残りの3講座を午後1時より3時半まで割り振ることにした。更に参加者へのサービスとして、「歌声広場」と「ハーブティコーナー」を設けることとなった。
自分は発表会の担当責任者となっているので前日の19日、体験学習館の視聴覚室にこもり、プログラム掲示のためのパネル作り等の準備をした。元々自分はこう云った作業は不得手であったが、不思議なことに何回かやっているうちに抵抗なく出来るようになった。もちろん出来栄えは大したことはないが、今回も出来あがったパネルを見るに、稚拙さの中にも親しみが感じられるのであった(苦笑い)。
「ハーブコーナー」も含め6~7枚描いただろうか、夕方近くまで時間がかかり結構くたびれたが、気になった作業が終わってほっとした。
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人間はそれぞれ共通部分は多いけれど、違う部分も多い。嗜好品、癖、生活習慣、体の大きさ、太い細い、大らかな人、繊細な人・・・ところが世の中は、これを一律に分類したがる。
例えば雇用条件等における年齢制限、何歳以上~何歳までという類である。人それぞ老化状況・能力・気力・生活環境等様々である。それを一律に年齢で振るってしまうことには、大いなる疑問を感じる。60歳ですでに勤労意欲のない人、あるいは健康を害して働けない人もいるし、80歳になっても元気に働ける人もいる。単なる一指標、年齢だけでひとを分類することには、大いに疑問ありである。
薬の効き具合にも個人差は大きい。Aさんには特効薬となっても、Bさんには毒薬。家内が病弱だったので、薬の副作用の怖さを何度も見てきた。その点、医者はかなり気楽である。統計上のデーター、最大公約数で簡単に薬を選定する。これを鵜呑みにしていると、ひどい目にあう。
かつて医者からワーファリンを勧められたことがあった。血液凝固を阻止する薬で、多くの人が服用している。自分の場合は不整脈対策のひとつとして勧められた。云われるままに服用したところ、てき面、胃が痛くなった。医者は「信じられない」といった感じであったが、自分はこの服用を断固拒否した。あのまま飲み続けたら、おそらく胃腸か肝臓を痛めていたであろう。
逆にこの人にしか出来ない、あるいは自分にしか出来ないということもある。例えば手間のかかる教材を作りながら、これは俺にしか出来ないな。まあ、もう少し頑張ろうと思ったり、この作業は自分には出来ない。あのひとにお願いしようと思ったりする。個人差を見て、あれこれ使い分けが必要である。もちろん、他の人に頼む場合、感謝の気持ちを忘れないし、喜んでお返しもする。
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御茶ノ水駅を背にして、どんどん南下する。やがて楽器店は少なくなり、喫茶店、食堂と云った飲食店の並びがあり、それを過ぎると大通りに出る。通りの向こうに古本屋さん街が見える。昔に比べると随分少なくなっている。大通りの古本屋さんはすべて影を潜め、スポーツ用品店になっている。スキーやそのーボード、スポーツウエアの店が林立している。成程、場所がら学生さん相手のスポーツ用品屋さんが多いのだと、納得した。
古本屋さんに入るのも久しぶり、実にウン十年ぶりである。いずれも間口の狭い、奥に長い、いわゆるウナギの寝床状の店が多い。これは新館を売る本屋さんとは決定的に違うところである。店先には、お天気の良いこともあり、処分したいと思われる古本が安い値段で客を待っている。それなりに興味を覚える懐かしい雑誌などもある。例えば家庭画報のような雑誌である。このほか専門書のようなもの、趣味のものもあるが、やはり雑誌状のものが多い。
店の中は、どの店も上から下まで、ぎっしりと古本の山である。ひとが本棚の前に居ると、通り抜けるのに苦労する。それほど狭い店内である。写真や絵画の本を探してみた。結構そのような蔵書はあるのである。一冊一冊手にとって中をめくる。外見は(続く)
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整形医院からはるひ野駅は目と鼻の先である。この駅が出来てもう2年ほど経つだろうか。近代的なオープン式の瀟洒な建物である。ゆったりとしたエスカレーターで昇りホームに向かう。電車はすぐやってきた。新百合ヶ丘行きである。新百合ヶ丘で一端降りて乗り換え、新宿に向かう。そして新宿からJR中央線快速に乗る。
快速中央線に乗るのも久しぶりである。新宿駅構内は長い時間をかけて整備をしていた。それがほとんど出来あがっていた。随分と整備され歩きやすくなっている。何となくきょろきょろする、お上りさん的感じである。たまには都心へ出かけるべjきである。世の中すこしづつ変貌しているのだ。
お茶の水駅で降りて、水道橋よりの通りを南下してゆく。この辺は日大、明治、中央といった総合大学のオンパレードであるが、その後の変貌は著しい。クラシックな落ち着いた建物は影を潜め、ゼネコンが好き勝手に建てまくった感じである。建物それぞれバラバラで、街としての一体感が全くない。歩道沿いには楽器屋さんがやたらと目につく。ギターとエレキベースがこれでもかと、店内に林立している。良く見ると新品ばかりでなく、中古品も並んでいる。
楽器だけでなく音響製品を扱っている店もある。携帯用の小型スピーカーが目についた。携帯用のスピーカーは従来ギター用だったが、最近はキーボード用のものも少しずつ売られている。ローランドの製品で、カラフルで手頃なスピーカーが目についた。
出力5ワットで重さは5キロである。手持ちのスピーカーが重くて参っている。ヤマハの製品で重さは10キロである。約半分の重さなら助かる。この製品の存在を、かつて伊藤さんから聞いたような気がする。中古のようで、値段は2万5千円であった。(続く)
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朝から素晴らしい天気である。先週の土曜日「1週間後に検診を」とはるひ野整形での約束が気になっていた。1週間の期限は昨日までである。はるひ野整形は土日も午前中は開院している。巻爪の経過は順調で、もう痛みは無い。
9時頃整形に着いた。早朝なのに結構患者さんが待っている。30分ほどして「津川さん」と呼ばれた。医者は爪を見て、「良くなりました。ただし水虫は直した方が良いです」と、塗り薬をくれた。ついでに左足の親指も見てもらったが、「どうもありません」ということで、無罪放免となった。
外へ出ると雲ひとつない快晴である。家を出る時から外出の準備をしてきた。深大寺? 井の頭公園? 新宿御苑? お茶の水? いくつか行ってみたいところがある。久しぶりにお茶の水界隈、特に古本屋街を散策することにした。街の変貌を見てみたいのと、古本屋街を歩いてみたい。練習曲集の挿絵探しをしたいのである。挿絵はカラーよりも白黒や墨絵が好ましいので、昔の本屋を覗いてみたい。
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風速20メートル。そして冷たい雨。マンションに居るとさっぱり感じないが、朝から外は春嵐である。交通機関にも乱れが生じている。早朝Kさんから電話があり、ひどい天気だという。相談の結果今日の午前中のレッスンは取りやめることにした。
ベッドでテレビを見ながら8時過ぎまでゴロゴロしていたが、風の音も雨の音もさっぱり聞こえてこない。テレビで気象状況は把握していたから、外の状況は想像できた。無理して怪我でもしたら大変である。強風は昼ごろまでということなので、午後のミニライブは予定通り行うこととした。
温暖化の影響だろうか、雨の風も天候の変化も極端である。明日は打って変わって良い天気と云う。降ったり晴れたり忙しい天気であるが、春らしい晴天は嬉しい。このところ寒くて運動不足だから、明日はリックを担いでハイキングにでも行ってみようかしら。
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練習曲集「いのちの歌」のが脱稿した。今まで谷さんに挿絵をお願いしていたが、健康上の理由からこの度脱会されることになった。2年間くらいだろうか、毎回素敵な墨絵を書いて下さり、心から感謝している。ご高齢だがまだまだお元気である。暖かくなったら、また教室にお帰り願いたいと思っている。
久しぶりに何冊ものカット集をひっくり返し、あれこれ挿絵探しをした。演歌に相応しい挿絵集があると良いのだが、日本人の心に沁みる挿絵はなかなかお目にかかれない。特に時代ものや和式のものが少ない。一度、神田の古本屋街を漁ってみようかと思っている。
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例の試してガッテン、新メタボ対策の話。ちょこまか動きの積み重ねでダイエット効果を上げている人の話。オフィスでも家庭内でも、日常面倒臭がらず小まめに動くこと。部長さんでも自らコピーをとったり階段を上がったり。これなら誰でもできそうである。
己を振り返るに1週間に1度の体育館通いと毎日の散歩、ただこれだけのことが確実に守れない。寒いからやめた、忙しいからやめたと、特に冬は運動不足である。これではいけないと思いつつも、運動不足の毎日である。
家ではパソコンの前に座っている時間が長い。お茶を飲む、部屋を片づける、食事を作る、洗濯・掃除・ゴミ捨て、こまこま動こうと思えば事欠かない。そう、洗車や車内の掃除なんか、結構な運動量であるが、これはもっぱら駐車場の機械洗車である。もっともっと、身の回り作業で、こまめに動くことを心がけよう。
最近、レッスン中に体を動かすことには心がけていた。拍子を取ったり、リズムに乗って体を動かす、身ぶり手ぶりを大袈裟にするなど、これは結構運動になる。息切れすることもある。日常生活いろんな場面で、労を惜しまず動き回ることがもっとも安直と、合点したところである。
本日ICの資料作りでふれん平尾で、鋭意資料作りをしてきた。カレッジ「楽しく歌おう日本の心」講座も、4月から始まるコーラス「コール・ふれんど」も、上記こまめに動くという点では歓迎である。面倒がらずに資料作りにも大いに励むこと、こまめに動くことである。
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正午ちょっと前のこと、IC展示発表会等の諸準備をしていたら、携帯電話のベルが鳴った。若葉会(小学校同窓会)のF君からの電話である。そこで「はっ!」と気が付いた。スケデュール表に記述のあった「若葉会」の意味。
昨日から「若葉会」の文字は確認していたが、同窓会と結びつかなかった。長いことF君が日程調整して、やっと決まった本日の会である。若葉台に住んでいることから、日頃から自宅での教室名を「若葉教室」と呼んでいたこともある。どう考えても、今日の「若葉教室」は思い出せない。「何だろう」と頭の中は???であった。
「誠に申し訳ない」と、電話口で誤った。やはり、これは間切れもない認知症である。今後、このようなことのないように、気をつけねばならない。でも最近物忘れが多い。また、やりそうである。でもお陰さまと云ってはいけないが、気になっていた案件が大分片付いた。
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やっと春が来たかな? と云う感じの一日であった。最高気温は16度、風は冷たかったが、本格的春の到来を思わせる一日であった。
IC新規講座受講生に卒業コンサート案内文書を送付するため、午前中文章を用意し、昼から事務局を訪ねた。昼食を<ぽーぽーの木>で食べることにした。先日平尾コンサートでお会いしたリーダーがお勤めで、笑顔で迎えてくれた。
「ICカレッジの講座を受けたかったのですが、曜日が出勤の日で残念です。次期開講の時には是非入りたいと思っています」とのことであった。日替わりランチ、手造りのロールキャベツ650円也を注文した。美味しかった。
IC事務局で用意して行った案内状を封筒に入れ、あて名書きをして投函を頼んできた。ついでに新規受講者のひと言書きを読んでみた。「正しい発声法を学びたい」といった意味の希望が多かった。やはり歌を基本から学ぶというコンセプトは間違っていなかったと、意を強くした。
表題は「楽しいコーラス日本の心」である。あまり大がかりな合唱スタイルではなく、2人から数人程度でフォークや叙情歌や演歌をコーラスあるいはデュエットで楽しむ、そんな気軽なコーラス手法を学ぶ講座としたい。小人数だけに、ひとに頼らず自分一人でも歌える歌唱力を付けながらハモリも覚える、そんな講座としたい。
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ICカレッジ「楽しく歌おう日本の心」の卒業コンサートリハーサルを行った。予定プログラムに沿って行ったところ、セレモニーは抜きにして、ほぼ2時間で消化できそうだ。ちょうど良い感じである。
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新練習曲集「いのち歌」の譜面入力が終わった。いよいよ音作りである。今回はメトロノーム+キーボード方式を採ることにした。音楽制作ソフトはいつものデジオンサウンドを使用し、これにメトロノーム、メロディ、和音等の多重録音を行う。楽器録音をマイク録音とするかライン録音とするか迷ったが、今回は音質の良いライン録音を採用することにした。
早速ソフトを立ち上げ、試し録音をしてみた。いつものことだが、しばらく触れていないとシステムの使い方を忘れている。例えばパソコンとシンセサイザーの繋ぎをどうするか、あれこれ思い出しながら試行錯誤する。最初は「???」の連続だが、しばらくすると、自然と思い出してくるから面白い。
YAMAHAのAUDIOGRAM3をUSB端子に接続することで、シンセサイザー・Motif7の演奏をデジオンサウンドに録音可能なことを確認した。第1トラックにオリジナルソングを、第2トラックにメトロノーム音を、第3トラックに和音を、第4トラックにメロディを入力すれば良い。
確かデジオンサウンドには、ミキサー機能が付属してた筈である。上記2~4トラックを編集すれば、伴奏CDは出来上がりである。この方法は、以前から頭に描いていた録音方式である。歌学習スタイルの代表的パターンの一つが出来上がると、期待される。
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久しぶりの晴天である。このところ曇天・雨天の連続で晴天が珍しい。御日様にお目にかかるのは週に1度くらいである。早速、庭に出て見る。昨年の秋以降、放置された庭はそれなりに寂しそうである。庭木の両手柏がやたら肥満になり枝葉が伸び放題。隣のドウダン・ツツジを圧迫している。
芝生も枯れ葉色に伸びたまま、地面は硬くなりあちこちに雑草がこびり付いている。放置したら芝生は消滅すること間違いなし。
昨年、思い切って枝落としした薔薇は、健気にも新芽を付けている。赤みがかった可愛い新芽が、無数に天を向いている。昨年うどんこ病で瀕死の状態であったが、どうやら生き延びたようである。「このまま元気に育つんだよ」と、エールを送った。
一方、昨秋挿し木した四季咲きバラの小枝が見事に根付いている。緑色の若葉がつやつやと光らせ、「僕、元気だよ」と笑顔を向けてくれる。このところの雨続きが、植物の成長には好環境だったのだろう。人間は「寒い寒い」と云っていたが、春は着実に近付いているのだ。あと2カ月もしたら、こんどは暑くなるのだ。そろそろ夏へ向けての暑さ対策をである。
思い起こすに、昨年は簾と朝顔で結構夏を快適に過ごすことが出来た。調子に乗って、今年は昨年以上に頑張ってみたい。昨年、案だけに終わった苦瓜(ゴウヤ)栽培。今年こそ挑戦してみたい。ゴウヤを庭に2本植え、蔓を上のベランダまで伸ばし緑陰を作る。
苗は4月に植えるとして、それまでに蔓を誘引するための枠を作ることである。早速ユニディで樹脂製の竿を購入してきた。ついでに芝生活性用の熊手と目土、雑草を抜くためのヘラなども仕入れてきた。
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レッスン日と云うのに、土砂降りであった。過去にレッスン日に雨が降ることはあったが、幸いなことにいつもレッスン時間になると小降りかあるいは止んだものである。予報は雨でも、いつも天が味方をしてくれたものである。ところが今日はそうではなかった。マジに降られてしまった。レッスン中もガラス窓を通して、大粒の雨筋がはっきり見えた。「ひと雨ごとに春になる」季節ではあるが、今年の晩冬はやたらと雨が多い。
しかし演歌の練習日には、雨降りも悪くない。歌に集中できる。身も心もしっとり濡れるようで、歌が心に沁みてくる。光が柔らかいせいか下界の雑事から解放され、歌に集中できる。情感が胸一杯に広がり、歌の世界を存分彷徨うことが出来る。普段使われていない老化した脳細胞が刺激され、大いに若返ったことであろう。
レッスン方法も若干、変えてみた。メトロノームとアカペラで、じっくりリズム取りを行ってみた。最近の演歌にはシンコペーションと16分音符の連譜が多く使われている。このリズムを音階を付けずに、歌詞読みの練習をした。
また、ロングトーンの練習も試みてみた。ストレイトボイスからビブラート&ディクレッシェンドの練習である。これはプロの録音を時間延ばしで(タイムストレッチ)例示すると良いのだが、そのうち、デモテープを作りたい。
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レッスンの形体には個人とグループがある。個人の場合は一人だが、グループの場合は数人から数十人まで、幅が広い。グループレッスンの長所は仲間と一緒に楽しく歌えることである。大勢なので、気を抜くこともできる。よく云えばリラックスして歌を覚えられる。ひとりではうまく歌えなくても皆に引っ張られ、楽しく歌を覚えることが出来る。友達もできる。初心者には快適な環境である。
だがグループレッスンには欠点もある。例えば60人のレッスンではとても良く歌えているように聞こえる。60人を3分割して、20人づつ歌ってみる。明らかに異なってくる。ほとんどの場合、あらが見えてくる。リズムが狂ったり、音程が狂ったり、間違いが見えてくる。60人で歌っている時は隠れていた声が、聴こえてくるのだ。更にそれを半分にすると、その傾向は更に顕著となる。5人位になると、ひとり一人の声が判別できる。
ましてこれが個人レッスンとなると、歌は丸裸である。その人の歌を完全に把握できる。発声、リズム、情感など、その人の歌を細かくチェックできる。特にピアノ伴奏での歌唱は、その長所短所が細かくチェックされる。皆さんカラオケを好むが、上達を望むのであれば、これはお薦めできない。カラオケ伴奏では楽器演奏が邪魔して、歌の詳細がよく聴こえない。逆に歌が必要以上にうまく聞こえてしまうからである。
その点、アカペラ練習は効果的である。歌がよく聞こえるから。リズム取りが必要な場合はメトロノームか手拍子を入れる。音程が狂いやすいので、メトロノームを鳴らしながらの単純なピアノ伴奏が良い。各小節の頭に、和音またはルート音を軽く入れるだけの伴奏が良い。空が難しい場合は、難しい所だけ、メロディを補助的に弾く。
歌い始めは1・2・3という掛け声で入るも良いし、慣れてきたら短い前奏で入るのも良い。そして完璧に音取りが出来たら、感情移入の練習に入る。その段階ではピアノも単純なもののみでなく、曲想に合わせた多彩な伴奏も加える。そして歌がほぼ完成した段階で、初めてカラオケ伴奏で歌ってみる。その結果良ければオーケー、問題があればその部分をピアノで反復練習をする。
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生きてゆくことの意味 問いかけるそのたびに 胸をよぎる 愛しい人々のあたたかさ
この星の片隅で巡り合えた奇跡は どんな宝石よりも たいせつな宝石・・・・・・
いつかは誰でも この星にさよならをする時が来るけれど 命は継がれてゆく
生まれてきたこと 育ててもらえたこと 出会ったこと 笑ったこと
そのすべてに ありがとう この命にありがとう
「いのちの歌」の抜粋である。NHK朝ドラ「だんだん」の挿入歌で、今、注目されている。素敵な詞なので、「新練習曲集」に載せることにした。ところがこの楽譜、人気があって売り切れで、いつ手に入るか分からない。止むを得ずNHKの録音を聴きながら、譜面を作った。またこれを「新練習曲集」の題名とすることにした。
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夕方、思い切って体育館に出かけた。巻爪が若干心配なのである。そろそろ検診を受ける時期なのだが、もう少し伸びてからにしたいのだ。先日、墓参でかなり歩いたところ、少し痛みを感じている。このところの寒さもあり、散歩も控えていた。でも運動不足も良くない。
体育館ではジョギングマシーンを自転車漕ぎに替えるなど配慮をして、いつものエクササイズをこなした。やはり気持ちが良い。思い切って体育館に来て良かった。これはいつも思うところである。汗を拭いて体育館w出ると、冷たい雨が降っていた。予報通り気温が下がれば、雨は雪に変わるだろう。明朝は白銀の世界が見られるかもしれない。
雪は降るものの、この時期は花粉症や黄砂の季節である。自分は花粉症ではないが、振り返ると例年この時期鼻がぐすぐすする。風邪が治りきらないような、中途半端な感じなのである。ひょっとしたら風邪ではなく、軽い花粉症なのかも知れない。
先日久しぶりに温泉に入った。体が芯から温まり大量の汗が出て、体が軽くなった。鼻も喉も通りが良くなり、夜のカラオケでは声がよく伸びていた。家の風呂でも、ゆっくり入ると似たような効果を感じる時がある。湯気を吸い込むので、喉や声帯が癒されのであろう。
帰宅後、NHKテレビ・クールジャパンの録画を見た。温泉がテーマであった。いくつかのシーンの中に、酸ケ湯温泉の湯治風景が映し出された。もう何十年になるだろうか、酸ケ湯は思い出の温泉の一つである。とてつもなく広い木造浴場で、やたらと薄暗い。混浴故の配慮である。
外人さんには裸で風呂に入る文化は無いらしい。大衆の中で裸になることへの抵抗はかなり強い。雪景色を眺めながら、知らぬ同士が露天風呂に入る。「どちらからお越しになりましたか?」なんて会話が通う。温泉入浴は日本人が誇る大衆文化の一つである。
外人さんもタオルを巻いての初入浴(テレビ放映のため)。その解放感をちょっぴり味わってくれたようである。「日本人はシャイだが、裸には大らかなのですね」と評していた。アラーとキリストと仏陀が裸になって露天風呂に浸かれば、世界はもっと平和になるだろう。
この提案に、仏陀は「入りましょう」と、キリストは「お付き合いしましょう」と、アラーは「あらー、それは無理だね」と云ったとか。
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約束は11時。いつものカジュアルルックで、約束5分前に鶯谷駅に着いた。もう自分以外の6人は揃っており、「若づくりだねエ」などと、賑やかに迎えてくれる。昨年の暮れに急遽決まった、土井君を偲ぶ明朗会の墓参である。
昨年の3月13日、彼はひっそりと旅立って行った。その年、いつものように枚方からの賀状をもらっていた。彼はまだまだ元気に生きているものと思っていた。正月、Y君からの電話で彼の訃報を知り、皆で墓参することになった。
彼の奥さんは若い頃からリウマチ持ちで、それが年々悪化してついに障害者1級を受けるまでに症状が進んでいたという。Qがリウマチで障害者5級であったことを思うと、彼の介護が如何に大変であったか想像される。長年の介護に疲れたのであろうか、肩の荷が下りてほっとしたのであろうか、来世に望みを託したのであろうか、奥さんが逝ってから僅か半年後のことである。
昨日の上野寛永寺は気温は6~7度であろうか。隅々まで掃除が行き届いた境内は如何にも肌寒く、そして日曜日にもかかわらず人影少なく、カラスの啼き声だけが無遠慮に静寂を切り刻んでくれた。駅から最も離れた第3墓苑に土井家のお墓は存在した。墓苑入り口の寺務所でお花とお線香を求め、係員に案内されて彼の墓前に到達した。
彼無くして青春を語れないほど、我々メンバーは土井君、そして土井君ご一家のお世話になっている。高校学芸祭出演を皮切りに海水浴、山登り、キャンプなどなど、青春時代の楽しい風景がいくつも蘇る。そして彼の訥々とした話声や、共に過ごす時の嬉しくて堪らない表情が、次々と脳内スクリーンに映し出される。
総勢10人そこそこのメンバーであり、彼の存在はそれほど目立つものではなかった。しかしこうして集まってみると、土井君のいない明朗会はちょっと寂しい。誰かが呟いた。「だんだん抜けて行くんだよな」・・・一瞬の静寂・・・その通りである。
メンバー70名を数える歌謡教室でも、出会いと別れは日常茶飯事である。昨日まで元気に歌っていたあの人が居ない。生きている時はそれほど目立たなくても、居なくなるといつもの席にポッカリ穴が開いたようで、寂しいものである。無くして思う人の存在、別れとはげに寂しき、また無常のものである。
だからこそ毎日を大切に生きろ、と云うのであろう。それは分かっている。が、ついつい野暮用に流されて、日常に流され、何となく過ごす時間の多きことよ。
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映画「おくりびと」が脚光を浴びている。正直、「おくりびと」という職業があることすら知らなかった、あの頃の自分を思い出す。
突然のQの旅立ちが受け入れられなくて、途方に暮れていた時のことだ。納棺に先立ち穏やかに語りかけてくれた。「こういう旅立ち姿は如何でしょう」と。即座にはよく理解できなかったが、Qが喜ぶならと思い、「結構です。お願いします」と答えた。彼はもう物言わぬQを、まるで花嫁さんのような旅立ち姿に仕立て上げてくれた。
「この姿ならQも無事天国へ行けそうだね」と、一瞬心が和んだ。彼女の死を受け入れるまでには長い時間がかかったが、その種を蒔いてくれた、そのきっかけを与えてくれたのはあの「おくりびと」だったのだ。素晴らしい職業である。今でも感謝しているし、思い出す度に胸が熱くなる。
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