頼んでいたFinale 2009が宅急便で届いた。すぐにもインストールしたいが、ちょっと考えている。パソコンの状態がいまいちなので、修理をしてからインストールするか否か、迷っている。新練習曲集に取り掛かりたいのだが、パソコンが時々強制終了するので、点検を受けたいのである。
だが、これが気まぐれで、立て続けに強制終了を起こすときと、忘れたように何も起こらないことがある。最近はとんと、この症状が起こらないのである。この調子ならバージョンアップをインストールしても良さそうである。
Finale 2009のバージョンアップでいくつか期待するところがある。その一つに挿絵の挿入機能がある。従来のバージョンでは画像の挿入機能がないので、挿絵は別途コピー機に頼っている。これはサイズやコントラストの調整が難しく、何とかならないかと思っていたところである。
宣伝通りの機能が備わっているかどうか、それは使ってみないと分からないが現状だが、ついつい期待して購入してしまう。悪い癖かも知れない。
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この時期、鳥の餌が不足するのだろう。せっかくきれいに咲いた鉢植えのプリムラが、無残にも食べられてしまった。数年前のこと、ベランダに襲来中のムクドリを見たことがある。雀の餌付けをしていた頃のことである。先に来ていた雀ちゃんを蹴散らし、餌をむさぼる横暴さに驚いたことがある。大きな糞を残すし、姿も色も美しくなく、性格もよろしくない。ムクドリが、ますます嫌いになった。
久しぶりにセレサモスへ行き、野菜を買いだめしてきた。幸せなことに、今や冬季も野菜は豊富である。特にこの時期は大根・蕪が旬である。色と云い大きさと云い、惚れ惚れする。新鮮だから葉っぱの緑にも魅せられる。しかし残念だが今回は冷蔵庫に在庫が残っているので、大根も株も買わなかった。
夜、ウッドリバー・ピアニスト篠崎さんの演奏を聴きに、多摩京王プラザホテルに出かけた。7時から30分と8時から30分の2ステージを楽しんできた。天井が吹き抜けたロビー脇の喫茶室に置かれた茶色のグランドピアノ。ゴージャスな雰囲気の中で、一度聴きたかったのである。
篠崎さんのピアノは、ウッドリバーのコンサートでお馴染みである。毎年2回、必ず出かけている。今日もジャズをはじめポピュラー音楽を次から次へと、すべて暗譜で弾いて行く。鍵盤タッチはクラシックと違い、極めてソフトである。だから音は軽やかで、イージーリスニング風である。人の耳に優しい弾き方は、ロビーコンサートにはちょうど良いのだろう。消音ペダルを頻繁に使っていた。指も鍵盤をたたくというよりは軽くはじくように、時にはなぞるような感じである。
歌伴をしていて、少々音が強すぎると感じることがある。曲にもよるし、会場の大きさや人数にもよるが、語りの部分などでは「もう少し柔らかい音を出したい」と思うことがある。だから、あの弾き方を見習うと良いと思った。
左手はそれほど忙しく動いてはいない。大まかに「10度和音型」と「ベース先導型」と「広域分散和音型」の3種類。右手は主としてメロディを受け持ち、これはシングル奏法とオクターブ奏法、それにオブリガードである。オクターブは二重和音奏法とトレモロ双方の2種類を組み合わせている。また、時々挿入する左手メロディにも魅力を感じる。
これは稲垣著の「リードシート奏法」に記述されており、時々紐解いているところであるが、やはりプロの演奏に触れると勉強になる。柔らかい音の出し方、特に消音ペダルの効用をじっくり勉強させてもらった。
かつて美香に、「柔らかい音を出したいのだけれど」と云ったら、「消音ペダルを使ったら」と云われたことがあった。その時は良く納得できず日にちが過ぎて行ったが、今回はよく理解できた。帰宅後、早速練習をしてみたところ、これは使えそうである。
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昨日手当てを受けた足の親指(巻爪)は、嬉しいことに痛みが薄れてきた。爪の形を矯正する針金治療は、成功だったようである。治療直後の昨夜は若干の痛みと違和感を覚え、果たして明日この消えて行くのだろうかと、心配しながら眠りに就いたのだ。場合によっては再治療することも覚悟していた。
気をよくして、今日は美容院に行くことにした。電話をかけると「どうぞ、お出かけください」という返事であった。美容院は結構混んでいた。マスクをしたマスターが力なく「いらっしゃい」と迎えてくれた。美容師の奥方が「ねえ、聞いて下さいよ」と近づいてきた。話を聞くと昨年12月に変な風邪を引き、まったく食べられず、げっそり痩せてしまった。暮れは店も閉めたそうだ。
11時半ごろ美容院を出て、まぐろ屋で昼食を取り、帰宅した。帰宅後タイミングよく、市の中田さんから電話を受けた。3月の展示発表会の、発表会イメージを教えて欲しいといわれたので、早速メモを作りメールで送った。
散歩を兼ねて郵便局へ行くことにした。自動車保険の更新と確定申告書の送付、それに富士霊園への送金である。あわただしく自動車保険の更新契約書に必要事項を記入し、確定申告書と富士霊園の花壇契約振込書を持って、郵便局へ向かった。郵便局は空いていて、書類送付と振り込みはすぐに終わった。これで気になっていた3つが、一気に片付いた。
郵便局の帰りにケーズデンキにより、プリンターのインクを購入した。ついでに自分史作成ソフトを探したら、なんと売り棚に在庫があるではないか。ヨドバシカメラで探しても無かったものが、ケーズデンキに置いてあるとは意外である。家に帰ってネットで調べると、目星をつけていたソフトであった。ただし置いてあったのは2008年版である。1900年から2007年までのデーターがカバーされている。発刊が2008年4月であるから、あと3カ月待てば2009年版が発刊されるのだ。たった一年のことだからどちらでも良いのだが、今日のところは買わずに帰ってきた。
帰宅後疲労感を覚え、少々ベッドで居眠りをした。目覚めて夕暮れも近づいた5時ごろ、体も軽くなったので体育館へ行くことにした。本当は昨日行きたかったのだが、爪の手当てをしたばかりだったし多摩センターを結構歩いて疲れたので、昨日はやめたのであった。今日は爪の状態も良いし、腰の調子もひと頃に比べると良くなっている。もちろん安心は禁物だが、やはり運動は必要である。早速出かけて、1時間ほど軽めの運動をした。
夜は夏樹静子の2時間サスペンスを見た。舞台は松江である。宍道湖畔でのシーンを見ながら、かつて仕事で松江に出張したことを思い出し懐かしかった。サスペンスも面白く、最後まで見てしまった。
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今年二回目のICカレッジ講座が終わった。前回の会場は体験学習館であったが、今回はいつもの第三文化センターである。ここはグランドピアノがあり、バスの便も良い。しかし月曜日は休館日が多いので、その時は体験学習館のお世話になる。一方体験学習館は空調や視聴覚設備は整っているが、ピアノがない。そしてバスの便も悪い。
やはり音楽教室や演奏会には、ピアノの存在が必須である。特に歌の場合はピアノが必要である。音取りひとつとっても、ピアノがあるとないのでは差が出てしまう。ましてコーラスの場合は、是非ピアニストが欲しい。第三文化センターでの講座は、この条件を満たしてくれる。美香がピアノを伴奏してくれるので大いに助かっている。また休憩時間に1曲弾いてくれるのことも、楽しみの一つである。
卒業コンサートの曲目、23曲が固まってきた。簡単な曲と、ちょっと楽譜を見ないと分かりにくい曲がある。「川の流れのように」、「いい日旅立ち」、「コスモス」、「翼が欲しい」といった、曲は16分音符やシンコペーションが多く、正確に覚えるには譜面が必要である。楽譜を見ながらの練習が効率的であった。
ハモリについては多少音の取りにくい部分もあるようだが、もう2~3回練習すれば問題はなかろう。「荒城の月」で、ソプラノがカウンターメロディを付ける部分がある。若干難しいので心配していたが、案ずるよりも生むが安し、これが結構行けそうである。これからもソプラノがハモリを入れる部分を増やして行けそうである。
講座は1時から始まる。最初に体操で体をほぐし、その後発声練習を行う。発声練習は大切である。マンネリにならないよう、曲の歌唱を意識して声を出すように心がけている。そして体操も発声練習も、笑顔で行うよう進めている。笑顔は余分な緊張を和らげ、美しい声を出すこやしになる。
その状態を把握した上で、その間隔を歌に活かせるようになって欲しい。しかしまだ、歌になると楽譜釘づけで、表情が硬くなる傾向にある。贅沢を云ってはいけないが、回を重ねるごとに良い方向に誘導してゆきたい。
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楽譜作成ソフトfinaleバージョンあっぷの案内が届いた。楽譜作成になくてはならないソフトで、もう、10年以上愛用している。ほぼ毎年バージョンアップをする。結構費用が掛かるので、毎回はお付き合いしていない。例えば前回2008には、お付き合いしなかった。
finaleは楽譜製作ばかりではなく、音楽教育のツールとしても役立つように改良されてきた。プロジェクターを使えば講習会や通常のレッスンにも、楽譜をモニターしながら説明することが出来る。また楽譜の中に、ロゴや挿絵(画像素材)を挿入することも出来る。
高度な出版にも対応している。作成した楽譜データーを文章の中に嵌め込むことが出来る。これは教材やレポートを作る上に、是非加えて欲しい機能であった。その上プレイバック機能(楽譜の演奏)や編集ツール(リピート・拍子・調子など)の操作性が向上している。
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最初は多摩センターへ行く積りであった。余りの天気の良さに、若葉台駅へのプロムナードを歩いているうちに気が変わった。新宿へ行くことにした。大した目的があるわけではない。強いて云えばヨドバシカメラとジーンズショップである。
ヨドバシカメラ本店の二階、ソフト売り場で自分史作成支援ソフトを探した。一つだけ見つかったが3年分しか遡れない。これでは不十分である。ネットで探すことにして、これは諦めることにした。
次はジーンズである。冬になって、パンツは専らジーンズである。暖かくて動きやすいし、汚れたら洗濯機でジャブジャブ洗える。もう他のパンツは履く気がしなくなってきた。そうなると冬ものがもう二三本欲しくなる。社会探訪と散歩を兼ね、ジーンズショップをいくつか覗いてみた。リーバイス、ユニクロ、高島屋、京王百貨店ほか、2・3店を覗いてみた。
結果、高がジーンズとは言え、値段もデザインも、その他生地や縫製など、実にさまざまであることを知った。値段で最も高かったのは高島屋である。3万円を超えている。確かにデザイン・品質ともそれなりとは思ったが、果たしてそれだけの価値があるのだろうか、疑問に思った。
リーバイスは最悪であった。従来のスタイルを頑なに守っていることは頷けるが、それだけのことである。何の変哲も変わり映えもなく、良く云えばひたすら伝統を守っている。悪く云えば時代に取り残されつつある。客はほとんどいなかった。極一部のフアンを残して、いずれこの店は消えてゆくだろうと思った。
その店の正面のユニクロは対照的であった。老若男女、多くの客で賑わっている。これは多摩センターでも新百合ヶ丘でも同じであった。ウリは何といっても値段の安さである。リーバイスの10分の1に近い。デザインも品質もそれだけの差は感じられない。最近ユニクロ愛好者が増加していると聞くが、納得できる。
結局、京王デパートで茶色のジーンズを購入してきた。今年の新作だそうだ。
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「このリチャージャブルバッテリバックは使用できないか、正しく装着されていない可能性があります。「OK]ボタンを押すと、本気は休止状態に移行します。本気の電源が切れたら、取扱説明書を確認し、リチャージャブルバッテリーバックを完全に取り外した後に正しく装着して下さい」
このメッセージが頻繁に現れ、バッテリバックの装着し直しを三日に一度ほど行っている。バッテリーバックを換えれば良いのだろうか? 購入元へ持参したいのだが、出来れば自分で解決したい。バックアップを取ったり、修理の間パソコンが使えない不便を避けたい。
でも、いずれこのパソコンは修理する必要があるだろう。メッセージ通りバッテリーが悪いのか、それとも他の部分が悪いのか、メーカーは時間をかけて徹底的に調べるだろう。その結果、使用中のファイルが破壊される恐れがある。数々の設定やバージョンアップが、破壊される恐れも否定できない。それを思うと憂鬱であるが、今がチャンスではある。
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一・二・三っと数字が並ぶ、1月23日である。あれこれ一段落したので、遅ればせながら社会保険事務所へ出向いた。もっともっと早く行く積りではあったが、あれこれスケデュールの連続で、伸び伸びになっていた。実に退職してから2年4ヶ月である。人によっては退職前から社会保険事務所を訪ね、年金の詳細を聴取している。自分のように二年以上も放っておくなんて、呑気と云えばのんきである。
年金は請求して初めて支給される。対応は親切であった、それが当たり前のような対応。ついこちらも「もっと早く来たかったのですが・・・」なんて答えたりして。掛け金徴収については容赦なく強制的なのに、支給は請求がなければ支払わないなんて。一方通行のやらずぶったくりではないか。しかしこれが年金の実態なのである。
それはそれとして、社会保険事務所窓口の対応は親切であった。まず事前に家から電話をかけた。要件を云うと、「保険証券と住民票を持って、出来るだけ早くお越し下さい」と答えてくれた。早速市役所の出張所で住民票をもらい、その足で府中の社会保険事務所に赴いたのであった。
事務所はすぐに分かった。駅から徒歩8分である。玄関を入るとすぐに受付があり、要件を云うと、すぐに順番札をくれた。待合室で待つこと約1時間弱。順番が回ってきた。住所氏名、生年月日、年金番号等、必要事項を提示された書類に書き込むと、さっと計算値が出てきた。「次回の支給からこの金額が振り込まれます」と云うことで、対応時間は30分程度。こんな簡単に進むなら、もっと早く時間を割いて訪ねれば良かったと思った。
今回事務所を訪ねたきっかけは、この正月親友のTさんから「早く社会保険事務所に行くべし」と指導を受けたことである。たまたま1~3月はファミリーコンサートも組まなかったので、時間が出来た。このチャンスを逃したら、また一年が過ぎてしまう。思い切って社会保険事務所に出かけたのであった。
「社会保険事務所に行かねば、行かねば」と、ずっと思っていた。本日、その案件が片付いてすっきりした。
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一日中雨。植物にとっては恵みの雨。人類にとっては湿り気の雨。加湿器のいらない一日である。午前中、ピアノの調律、確定申告の提出書類整理。午後、IC理事会、IC卒業コンサート準備。夕方S氏のレッスン。夜、ピアノ練習という賑やかな一日であった。
ピアノの調律は久しぶりである。大分音が狂っており、気になっていた。広田さんが10時過ぎに、重たい鞄を持って現れた。見ると何時ものカバンとちょっと違う。尋ねるといつものカバンは取っ手部分が壊れたので、現在修理中だという。「これは以前に使っていたカバンです」と。成程、十分年季の入ったカバンである。
重たい調律七つ道具を入れ、彼は日本全国、いや最近は最近は中国までも出張している。ピアノ業界にとって、中国は有望な市場なのである。年末にはハルピンまで行ってきたそうである。ハルピンは家内の生まれ故郷チチハルに近い。「寒かったでしょうね」と聞くと、「零下20度でした。たまたま氷祭りの真っ最中でした」と、お城の写真を見せてくれた。
携帯電話のデジカメ写真だが、それは見事な氷の建造物で、まるで本物のお城のよう見える。窓にはキラキラ七色の照明が灯り、なんともメルヘンチックな風景である。札幌の雪まつりよりもカラフルである。家内に見せたら、さぞ喜んだことだろう.
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アメリカ大統領、オバマ氏の就任式が報道されている。なんと200万人の大観衆が会場を埋めつくしている。零下7度の寒さの中、一晩野外での夜明かしも厭わない。その強烈なエネルギーに驚かされる。日本ではあり得ない光景である。この歴史的な瞬間を自分の目で見たい。その場に参加していたい。興奮の目が、声が、渦巻いていた。
アメリカは格差社会である。年間所得も数十億から数百ドルまで、日本ではあり得ない強烈な格差である。その底辺を占めているのが黒人であろう。これまで虐げられてきた黒人層にとって、オバマ氏の大統領主任は長年の夢であったようだ。「生きているうちに黒人大統領実現を見られて、夢のようです」と涙を浮かべながら黒人大統領の誕生を祝福していた。
勝利をおさめたオバマ氏の演説も、浮いてはいなかった。現実を直視しアメリカ復活のためやるべきこと、自分も頑張るが国民ひとりひとりも頑張ってもらわねばならないと、協力を求めていた。一部の富裕層が潤うのではなく多くの大衆が潤うこと、それが国力だとも語っていた。大賛成である。それがアメリカ復活の基礎体力を作る。あの会場の熱気を見せつけられて、ひょっとするとアメリカ復活は夢ではないだろうと感じた。
世界同時不況・巷に溢れる失業者・少子高齢化などなど問題は山積み。然るに足の引っ張りっ子ばかり目立つネジレ国会、これを煽るか無責任なマスコミ、白け切る国民・・・日本はこれで良いのか? いつまでもこのままで良いのか? 平成維新を起こすオバマ氏は出現しないのか? 小浜市はエールを送っていたが、このシャレ通じるか?
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一日中曇天で、寒い一日である。それも仕方がない、一年中で最も寒い大寒なのである。節分を過ぎて暫くの間、2月半ばまでは真冬である。それ以降も「春は名のみの風の寒さや…」という早春譜の季節である。
約一か月ぶりに体育館に出かけた。運動をして見ると体調がよく分かる。自重した効果が表れており、腰の具合はかなり改善されている。ここで無理は出来ないが、ジョギングマシーン、ダンベルなど、通常に近いメニューをこなすことが出来た。ただしスクワットの荷重は軽めに、また腰に負担をかける一部マシンには触れなかった。
いつもどおり約1時間、所定のコースをこなした。結果は思った以上に快調であった。ウォーキングマシンでは、ひと頃の心臓負荷が嘘のようである。一時軽くランニングをしてみたが、息苦しさは全く感じなかった。それよりも腰への震動負担が強く感じられたので、ランニングを長くは続けることは控えた。
いつも運動終了後の気分は壮快である。血圧も下がるし、明らかに体が軽くなる。顔見知りの指導員Tさんもにこやかに迎えてくれて、遅い新年の挨拶をすることが出来た。「今年は週に2回は通いたいです」と宣言してきた。
最近は心身ともにまずまずの状態で、気分的に余裕を感じる。思えば昨年の今頃は、3月ファミリーコンサートの準備で大童であった。チラシ作りや会場準備、プログラム作り、弾き語りやコーラスの練習などなど、あれこれ緊張の連続であった。今年は打って変わって平穏である。新しい企画や行事はあるのだが、それがプレッシャーとなってはいない。通常通り楽しみながら、よろず前向きに対処して行こうという気持である。
健康を保つことが極めて大切である。インフルエンザの予防注射もしたし、部屋の暖房にも気を付けている。血圧降下剤を飲む羽目になったことは残念であるが、それは仕方がない。年齢的にはまずまずのコンディションである。音楽のお陰で気力は充実、心身ともに暖かい。健康に留意しつつ前向きに、ぶれずに我が道を歩いて行こう。
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レッスンやライブが終わった後、いつも思う。「一生懸命務めたけれど、どうだっただろうか。楽しんで頂けただろうか? 気持は通じただろうか?」
誰も時間は大切である。大切な時間を割いて会場に足を運んで、「ああ、今日は楽しかった。有意義であった」と思って頂くこと、贅沢ではあるがそれが気になる。レッスンの場合は歌を覚えていただけたかどうか、それには集中していただけたかどうかである。
集中していただくためには、まず会場の雰囲気が良いことである。ガヤガヤしていたのでは、これは望めない。気になって歌に集中できない。これはときどきお願いすることもある。また、喧嘩も良くない。皆さんがお互いゆずりあって、仲の良いことが好ましい。
次はレッスンが分かりやすいことである。分かる分からないは個人の実力に負うところも多い。どの辺にポイントを置くべきか、気にするところであるが、時々チェックをしながら、程よく、飽きない程度に繰り返すことにしている。
そして次はレッスンの中身が有意義で、飽きの来ないことである。2時間のレッスンである。ずっと緊張しっぱなしは無理である。緊張15分+脱落2~3分、この繰り返しであろうか。真面目一方でも疲れし、脱落だけでも締まらない。これは自分のキャラでメリハリを付けるしかない。
皆さんが満足しているか否か、それは場の雰囲気で分かる。それは正直である。音楽に集中し、満足している時の表情は素晴らしい。もちろん声にも気持ちが乗っている。各人の脳からドーパミンが発散され、 これが会場全体に飛び交い満足感を増幅する。会場の心が一体化する、まさに至福の時である。
贅沢なことだが、いつもこれを求めている。時間をかけ、資材をかけ、多くの方々の協力を仰ぎ、情熱をかけている。手のかかる教材を作りも、ピアノ練習も、発声練習も苦にはならない。ときどき熱中し過ぎて、胃腸を痛めたり腰を痛めたりしているが、これは仕方がないこと。むしろ、この熱中時代を大切にしなければ・・・。
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確定申告の季節である。昨年、一昨年とも市役所に出向き、ボランティアの税理士さんご指導のもと、半日かがりで書類を作成し提出した。たった半日だから毎年出かけても良いのだが、指導員の様子から、年金のみの少額納税者に時間を取られるのが遣りきれない様子である。確かに個人商店や自由業者に比べれば年金生活者は納税額も少なく、作業は簡単である。今年は自分で申告書を作ることにした。
まずe-taxの利用を図ろうと思った。これは住民基本台帳に電子登録をし、自宅のパソコンから確定申告書をネット送信するものである。早速住民基本台帳カードを交付してもらうべく市役所に出向いたら、既に一昨年取得済みということであった。これには正直、物忘れもここまで来たかと、がっくりきた。
気を取り直して、今度はe-taxの作業を進めてみた。カードリーダーを近くのケーズデンキで購入し、必要なソフトをネットでダウンロードし、パソコン作業を進めてみた。一応作業は進んだのだが、基本台帳カードをリーダーに挿入してもそれをパソコンが認識しない。その理由が分からない。セキュリティが邪魔しているのかもしれないし、ソフトの適用が合わないのかもしれない。あれこれ試行錯誤したが埒が明かない。
時間がもったいないので、今年は国税局ホームページにある書式をダウンロードし申告書を作り、これを郵送することにした。作業を進めてみると国税局のホームページには親切な記入要領が載っている。説明書に沿って一つ一つ数値を書きこんでゆくと、申告書が自動的に出来あがってくる。ほぼ一日掛かりで、どうやら確定申告書を作り上げることが出来た。
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ひとつの年中行事が終わり、今日はゆっくりすることにした。久しぶりにレーザーディスクを見た。このレーザーデッキはもう古い。過去の遺物と云われても仕方がない。購入したのはもう20年以上も前のことである。「赤毛のアン」とか「アマデュース」とか叙情歌集などを見ていたものである。
特に「赤毛のアン」は家内がお気に入りで、よくこのディスクを見たものである。全編を通じて感動的だが、特に今回見て印象的なのはマシューである。最初の出会いの場面でマシューとアンが地元の駅で対面する。マシューにとっては孫娘のようなアンである。アンのお喋りとマシューの優しい眼差し、美しいグリーンケイブルの景色、静かに流れるBGMが雰囲気を盛り上げる。
今回赤毛のアンを見て、昔と若干異なることなる見方をしている自分に気が付いた。以前は専らアンに注目しながら見ていたのだが、今回は老兄妹・マシューとマリラの視線でアンを見ているのである。二人とも独身である。もちろん子育ての経験はない。それだけに初めはアンを引き取ることに躊躇したマリラであるがマシューの説得もあり、次第にアンの利発さと純真さに惹かれて行く。
何年かの歳月が流れ、アンは美しく・優しく・知的に成長する。だが一方マシューは歳をとった。ある日マシューが農作業中に倒れる。驚くアンに支えられながら「こんなに老いたとは気づかなかった。お前は私の誇りだ」と云いながら天国に昇る。このシーンはふたりの出会いと重なり、泣かずには見られない。
しかしマシューは幸せ者であったと思う。最初にアンを見染めたのはマシューその人である。アンはこれに応え見事に成長し、老兄妹の宝物そして愛する郷土・グリーンゲイブルの誇りとなった。そのアンに抱かれながら安らかに逝くマシュー、「死んではイヤ」と泣き叫ぶアン。いずれは迎えなければならない別れならば、これはふたりにとって最高のステージであったかも知れない。
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本日はいこいの家・歌謡教室の歌い初めが行われた。今年は50名近い方がステージ歌唱に参加された。これは昨年の約2割増しで、主催者側としては嬉しい限りである。日頃は60人ほどのグループレッスンである。皆の前でひとりで歌うことはまずない。舞台でひとりで歌うことに慣れてしまえばそれはとても楽しいことだが、最初は度胸もいるし緊張もする。
今回初めて参加した方が何人か居られる。ドキドキでしたと、後の懇親会で話しておられた。皆さんの歌を聴いていてよく練習をされがことがよく分かった。ほとんどの方が昨年より目に見えて上達している。そして個性のある、ご自分の歌を歌ってくれた。
皆さん、一生懸命練習されたのであろう。ステージを意識して練習を積む、これは良い経験になる。これからも、是非ステージを意識しての練習をするとよい。何となく練習するのとステージを意識して練習するのとでは、成長に大きな差が出てくるのである。
さて裏方の反省として、カラオケのスピードアップを検討する必要を感じた。昨年の雅会の折は、事前に前間奏を短縮したCDを作成し会に臨んだ。今回はデッキを2台用意しスピードアップを図った。しかし時間が不足し、最後の方々は1コーラスにしていただいた。申し訳なかったと思っている。来年は時間に余裕を取るか、前間奏を短縮するか、1コーラスとするか、出場者を制限するか等、考えなければならない。
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昨日、住民基本台帳カードの申請に市役所窓口を訪ねた。担当職員が親切に対応してくれて、手続きは順調に進んだ。手続きの最終段階で担当者から意外な発言を受けた。「2年前に申請があり、住基カードは発行済みです」
「ええっ? それって本当?」と叫んだが、素直に記憶の糸を探ってみた。そう云えば初めての確認申請にあたって、e-taxの利用を考えたことがあった。しかしそれは挫折して、結局書面による一般申請をしたのであった。一昨年も昨年も。そして今年こそはと決意を固め、昨日の申請となったのである。
「どんなカードですか?」と尋ねると、パンフレットの写真を指で示し、「これです」と教えてくれた。そう云えばそのカードを見た覚えがある。「家にあるかも知れません。探してみます。失礼しました」と礼を言い、市役所を後にした。
帰宅後、あちこち思い当たるか所を探した。住基カードはなかなか出てこなかった。しかし無いと思っていたある引き出しから、カードが見つかった。約2時間ほど探した結果である。それはe-taxの書類と合わせて、ある引出しに整理保存されていたのだ。「参った、参った。半日以上、時間を無駄にしてしまった。市役所の職員さんにも、迷惑をかけてしまった」。
この物忘れ癖、どうすりゃーいいの?
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昨日も寒い一日であった。寒いと外出が億劫である。が、運動不足はよろしくない。体を温かくして、血圧の上昇に気をつけながら散歩をする。恰好の公園がすぐ近くにある。こんな恵まれた環境にあって、散歩を億劫がっていてはいけない。
公園は楽しい風景の宝庫である。犬を連れて散歩をする人、乳母車を引く人、よちよち歩きの坊やを遊ばせるお母さん、静かに人生を噛みしめる様な老夫婦、華やかに戯れる女学生、凧上げに興じる親子連れ、キャッチボールをする息子とお父さん、草野球に興じる男の子グループなどなど、さまざまなドラマが展開されている。
いちいち立ち止まって眺めるわけではないが、微笑ましい風景に出会うとつい足が止まる。中でも人懐こいのは幼児と犬である。両者とも無心にして純粋なのである。ふとした瞬間、親しみの眼差しに出会うことがある。無心に近づいてきたり、話しかけてくれることもある。そこだけ一瞬の別世界、ほのぼのとした空気に包まれる。
草野球に興じる子供たちも楽しい。投げる、打つ、走る、ボールを追いかける、捕る、投げる、皆夢中である。目が輝いている。大空に向って、勢いよく白いボールと無邪気な夢が飛んでゆく。それはやがて、子供のころの楽しい思い出の一頁となるだろう。
初めてキャッチボールをしたのは、疎開先のことであった。貧しかった当時、グローブは皮でなく粗末なズックであったが、皆夢中になった。この単純な球投げの繰り返しが理屈抜きに面白くて、日が暮れるまで興じていた。当時ひ弱であった自分が、疎開先の新鮮な空気を吸い、この草野球に出会った結果、ぐんぐん丈夫に育って行った。ひょっとしたら草野球は命の恩人だったのかもしれない。そんな昔の思い出に、思わず苦笑いしてしまった。
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今冬二度目の寒波襲来か、夕べは一段と冷え込んだ。室内温度計を確認すると、やはりいつもより2度ほど数値が下がっている。この時期は風邪に要注意である。早速暖房器具のダイヤル設定をアップし、更にアルコール摂取するなど、緊急対応策を施した。
NHKスペシャル「女と男 最新科学が読み解く性」が面白い。近年脳の科学の進歩が目覚ましいが、女と男の関係、例えば恋愛・夫婦・離婚問題など、性科学に基づいた分析が面白い。番組の分析によれば、男女間の揉め事は両者の思考回路の違いに起因するという。
人類がこの世に誕生して数百万年、様々な苦難を乗り越え子孫を残し、脈々と繁栄してきた。丈夫な子供を産みそして育てること、この子孫繁栄を願う観点から男女の思考回路が形成されたという分析である。成程ガッテンである。
「ひとの会話は成立しているようで成立していない」、父がよく口にしていた言葉である。相手を理解しているようで、理解していない。特に夫婦には様々な感情が絡み複雑化する。愛し合って結ばれた二人の恋愛感情も長く持って3年、短ければ18か月だという米国学者の学説。これは初めて聞く話である。
近年女性の自立(精神的及び経済的)は目覚ましい。喜ばしいことであるが、これと並行して離婚率が上昇している。女が男に頼らなくても生きられる。男が必ずしも家庭を守らなくても良い。共稼ぎあるいは妻が稼いで夫が家事をする、そんな逆転現象も珍しくない。強い女性の出現は未婚人生とセックスレスを促進する、と云う説が立証される?
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手紙を書くことは嫌いではない。話しかける相手が決まっていると、話題の焦点が絞りやすい。書くことによって脳内が開墾(刺激)され、整理される。頭の中に漠然と埋もれている、あるいは眠っている思いを具体化することができそうである。記述することは思考すること。記述ががきっかけで眠っていたアイディアが目覚め、成長することが可能かも知れない。
もちろん皆様お忙しいから、この身勝手な気まぐれに巻き込むわけにはいかない。そこで浮かんだのが「出さない手紙」コーナーである。早速本ホームページの「エッセイ」を潰して、これに替えてみた。手紙を書きこんでみた。結果は良好。思考が進行するではないか。頭の隅に散らばっていた埃のような思考断片が、日の目を見る。クローズアップされる。「クローズアップ現代」ならぬ、「クローズアップ脳内」である。希望が湧いてきた。暫くの間「出さない手紙」を出し続けてみよう。
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「歌の風景」を書き始めてから、何年か経過した。お陰で頁数だけは増えてきたが、問題は中身である。あれこれもがいては見たが、このスタイルで良いと思ってはいない。もっと素直になって掘り下げた文章、あるいはテーマを記述しなければいけない。
有難いことに先般Tさんから、「君の文章はなかなか良いから、音楽体験をベースに何かまとめてみたら…」と提案をいただいている。偶然だが他の方からも同様の励ましをいただいている。お世辞もあるだろうが、一度しかない人生である。ありがたく受け取って、しかるべく行動しようかとも思う。
まとめたいテーマは幾つかあるが、何分ボンヤリしたもので未だ形をなしていない。生きている証しと生きる思考をするために始めたホームページだが、日常生活に追われ「歌の風景」が中途半端なのである。一度改善しようと挑戦したがパソコンの故障に遭遇し、あえなく挫折してしまった。
それ以後、時間だけが過ぎて行く。そろそろ何とかする時期である。「鉄は熱いうちに打て」というではないか。Tさんのサジェスチョンは天の声、今がチャンスなのである。「忙しい」などと云っていたら何も進まない。人生、忙しいうちが華なのである。
70歳の誕生日を過ぎてから、いろいろ体調変化があった。腰痛とか巻爪とか胃腸障害とか血圧上昇とか碌なことはないが、一方体内に別の生き物の誕生を感じている。しかしこの生き物は未だおぼろげで、しっかりとした実態がない。掴みどころのない幽霊のようなものである。でも自分自身の中に今までに存在しなかった芽生え、あるいは息吹を感じるのである。
ふと、それを感じる時「あれっ」と思い、それを追いかける。だがそれは何時も、「するっ」と体をかわして逃げてしまう。はっきり認識したものではないから、当方も追うのをやめてしまう。そんな繰り返しをするだけで先へは進まず、そんな追いかけっこを何回もやっている。
「書きたい」という衝動か、あるいは「もう先がないから書きなさい」という声なのだろうか・・・
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3年ぶりにTさんとお会いした。以前はときどき新宿で昼食をともにしていたのだが、3年前にちょっとした出来事があり、その後年賀状以外のお付き合いは途絶えていた。
久しぶりのTさんは輝いていた。50代後半になってから筑波大学の夜間に通い、修士号を取られた。それをきっかけに大学での講座を引受け、それが今でも続いている。群馬県のある大学へ週に一度、泊まりがけで講義に行っているそうだ。文字どおりピカピカの74歳である。
Tさんは相変わらず執筆活動も続けている。「何冊本を出したか」と聞くと、「9冊目です。もう今回でお仕舞いだ」と笑っていた。やはり執筆は疲れるのであろう。未だに毎週国会図書館に通って資料収集をしているという。
そもそもTさんとのお付き合いには、この国会図書館がかかわっている。かつて技術師受験の時、自分も論文作成の資料収集で国会図書館に通っていた。本の貸出を待つ間、ばったりTさんに会ったのである。それから家族ぐるみの付き合いが始まって、家内が死んでからもその付き合いは途絶えなかった。
彼は大の愛妻家であり、恐妻家である。生き方に正直で、いろんなことを話してくれる。普通では他人に言えないことも、すんなり話してくれる。奥方にも正直に相対しており、また頼ってもいる。頭が上がらないという表現も、ある程度当たっている。自分の考えと奥方の考えと、二つ合わせて人生の舵を切っているようである。
そのご夫婦の会話で「久しぶりに会う津川が、どの程度老けたか」と話題になったそうだ。如何にもTさんらしい、楽しい夫婦の会話である。彼が私のことをどう思ったか定かではないが、多分家に帰るなり「いやー、勝った、勝った、勝ったぞー」とコート脱ぐのももどかしく、高らかに報告したのではないかと推測される。
男はいくつになっても子供であり、歳をとるにつれそれを隠さなくなる。だから子供に戻って行く。好きなことをやり、時にはやんちゃもやり、それを優しく見守ってもらいたいと云う、単なる甘えん坊に戻りたいのである。世の中ままならないから、誰でもそれを望めば出来るというものではない。だから素直に子供に戻れる環境を持つ男は、数少ない幸せ者である。Tさんはそれを地で行っている。その姿を見て、実は奥方も幸せなのだろう。
Tさんは最高に幸せである。あんなひとは珍しい。・・・そこでふと別な顔、いこいの家でお会いするAさんの姿が脳裏をかすめた。
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いよいよ冬将軍の到来か。夕べからグンと冷えてきた。東京地方にも雪が降るという、昨日からの予報が的中した。記憶によれば昨年も一昨年も、雪らしい雪は降っていない。だから久しぶりの雪景色である。若葉台に来て5年が過ぎたが、1度だけ当たり一面が雪景色になった事がある。マンション内通路の雪を、皆で除雪したものでる。
その他、雪の思い出はいくつかある。強烈なのは新潟勤務のころのことである。新潟市内に雪はあまり積もらないのだが、市内からから少し離れると、結構積雪が見られる。湯沢にスキーに行った時のことである。道路全体が真っ白の世界、道路とノリ面との境界が分からなくて、緊張しながら走っていた時のことである。
突然街路樹からの落雪がフロントグラスを覆ったのである。いきなり目の前が真っ白になったのである。たまたま前方からトラックが迫って来ており、何が起こったか頭の中は???。それでもあの頃は若かった。ハッとした後、反射的にワイパーを作動させて視界を確保し事無きを得た。今思い出しても冷や冷やものである。
メルヘンチックな思い出としては、札幌の雪まつりである。美香一家は札幌に居て、敬介がまだ小さくて、家内も元気で、皆で雪まつりを見に行った。札幌も夜となると結構気温は低かった筈だが、寒さの記憶はない。それよりも大規模な雪の芸術作品に見とれたものである。
20代の頃、会社の連中と志賀高原へスキーに出かけた。その頃は名古屋勤務であった。名古屋駅前から大型バスに分乗し、国道を何時間もかけて長時間かけて走ったものである。斜滑降とか、ボーゲンとかシュテムクリスチャニアとか、スキースクールも楽しかった。特に気持ちの良かったのは、キラキラ朝日に輝く樹氷を見ながらの滑降であった。乾いた空気の肌触りが懐かしい。
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職場時代の友人Tさんからお誘いを受け、新年会をすることになった。昨年の11月に忘年会のお誘いを受け、それが私の都合で新年会に入れ替わったのである。実はお誘いを失念していたのである。年末ギリギリになって電話をいただきやっと思い出し、「申し訳ない、忘れてました」と受話器に謝ったところである。
Tさんは思いやりのある人である。私の無礼を少しも怒らなかったので救われたが、申し訳ないことをしたおp反省している。実はこの頃、こう云った失敗を時々するようになっているのだ。気を付けなければいけない。リビングの壁に予定表を添付しているので、そこに書き込めば良いものを、それをしていなかった。
以前、近所の歯科医の受診も忘れたことがある。これも予定表に書き込みをしなかったためであった。約束した時点に書き込めば良いのだが、「そのうち」などと思って記入を伸ばしていると忘れてしまうのであある。
Wブッキングをしたこともある。でも幸いこれは事前に思い出し、救われたことがあった。思い出したきっかけは自らではなく、他人から指摘されて思い出したにすぎない。何かの折にその友人に「その日はダメだ」と話していたから、友人はそれを覚えていてくれた。話した本人が約束を忘れ、聞いた他人がそれを覚えていたのである。
物忘れ対策。それは予定が決まった段階で、即、予定表に記入することである。( ̄▽ ̄)
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ここ暫く車の修理と無縁であったが、昨年、久しぶりに左側ドアを壁に擦りつけてしまった。運転席からはブラインドの高さにある、背の低いコンクリート壁である。無残にも長さ40センチほどの水平痕が痛々しい。長山クリニックの駐車場、いつもは置かないようにしていたのだが、その時駐車場はいっぱいで、そこしか空いていなかったのである。駐車するときは気を付けたから何事もなく停められたが、出庫時、壁のあることをすっかり忘れていた。バリザリっという嫌な音で、しまったと気づいたが後の祭りである。
この修理に、また時間がかかるのである。本来は昨年の内に修理したかったが、それは無理と断られ、保谷教室の翌日の今日、入院の運びとなったわけである。ここのところ車を使わない日はほとんどないのであるが、まあ仕方がない。ノーカーで運動不足を解消することとしよう。
修理と云えばもう一つある。カラオケDVDである。昨年暮れに購入したものだが、リモコンが作動せず、正月休み明けの昨日やっと連絡が取れ、DVD本体とリモコンをメーカー当て送り返したところである。車とDVDと修理が二つ重なったのである。2度あることは3度ある。もう一つの修理は腰である。昨日のブログにも書いたが、このところ腰の調子が悪く、困っている。
これは上記の二つとは異なり、修繕の仕方が分からない。それも今に始まったことではない。朝霞の時代から鍼灸院に何回か通った。マッサージを受けたり電気を当てたりしていたが、ある時から運動をするようになって調子が良くなっていた。しかしここ1年、再び悪化の傾向にある。しかも最近、次第に深刻になりつつある。これはたぶん坐骨神経通である。完治は望めないであろう。
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今日から新年のレッスンがスタートした。10時半からのH教室レッスンである。車でほぼ1時間の行程である。ご夫婦の多い教室でいつも和気あいあい、楽しいひと時である。今日の題目は新曲集「橋場の渡し」であった。今回の曲集は難しい曲が多いが、一通り全曲紹介することが出来た。この教室、楽しい教室であるが、一つ悩みがある。
前の晩にキーボード、スピーカー、スタンド、パソコン、簡易ミキサー、ケーブル類などを車に積み込む。これが結構重たい。以前はエクササイズと心得、苦にはならなかったのであるが、寄る年波には勝てない。最近、坐骨神経痛に悩まされており、重いものの運搬は腰にとってそろそろ限界なのである。
と云って荷物を減らすことは難しい。会場に音響はあるのだが、何故かこれに接続できない。接続端子はあるのだが、音が出ないのである。キーボードのスピーカーだけでは、会場が広いので皆さんの耳に十分届かない。やむなくスピーカーを持参することになる。帰宅後腰が痛くて、夕方までベッドで寝込んでしまった。何か良い方法はないだろうか、ひとり悩んでいる。
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三が日があっという間に過ぎ、平成21年がスタートした。今年を如何に過ごそうかと、心が踊る・・・。初夢は残念ながらこれという夢ではなかった。昔の職場風景に最近お会いする方が上司として登場する、全く脈絡のない夢。改めて目覚めている時、今年の夢を確認してみる・・・
先ずは「歌」である。基本的には昨年の延長だが、今年はコーラス・ハモリに力点を置いて見たい。ヴォア、ICカレッジ、H&K、Ochudo、etc・・・。叙情歌だけではなく様々な歌ハモリを楽しみたい。いろんな楽譜を作って、皆さんに楽しんでもらいたい。
一般的なコーラスはメロディ部分をソプラノパートに、ハモリをアルトパートにと固定したものが多い。確かにこれは基本ではあるがこれに捉われず、メロディをアルトパートに移したりユニゾンにしたり、場合によっては3部4部にするなど多彩にして楽しみたい。
次はピアノである。弾き語りは続けて行くとして、今年はコーラス伴奏の実力アップを図りたい。当面、練習時に各パート音を弾けるようにしたいし、またゆくゆくは別メロや(洒落た)カウンターメロディを弾けるようにもなりたい。この技術を習得出来れば、弾き語りにも歌伴奏にも大いに役立つのである。もちろん演歌のレッスンにも適用できるし、レッスンも楽しくなるだろう。
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この年末年始、いくつかのテレビドラマを見た。中で最も妙味を引かれたのは源氏物語である。源氏物語は以前から興味を持っており、いつの日か触れてみたいと望んでいたものである。この年末、TBSで特集番組を放映してくれた。約6時間に及ぶドラマで、これを録画して見ることが出来た。
登場人物が多岐にわたり、一度や二度見たのでは理解できないが、大よその筋は見当付いた。このような作品を書き上げた紫式部に、改めて驚嘆するとともに、ますます興味をそそられた。情報量の少ない千年も昔の世で、よくぞこのような作品が生まれたものである。またそれを公表することが許されたものである。
いろいろな解説本や現代訳が出版されているようである。この4月から、ICカレッジでも源氏物語の講座が開始される。土曜日なので出席できないのが残念である。
源氏物語はQも大好きであった。高校最後の文化祭で、末摘花を演じた話をよく聞いていた。とても評判が良かったそうで、いつも楽しそうにそれを語っていた。当時は末摘花が何たるか無粋な自分には分からなかったが、今にして思うに、それは楽しい演劇であったことだろう。鼻を紅く染めた、ユーモラスなQの晴姿が目に浮かぶ。
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昨日は飲み過ぎてしまった。久しぶりの二日酔いである。原因は酒の量もあるが、降圧剤の副作用で胃腸が弱っていることも関係している。
昨日は良い天気であった。正月の恒例で美香一家が遊びに来た。12時ちょっと前だっただろうか、黒川駅へ迎えに行き、腹ごなしに凧上げとボール遊びをした。正月の若葉台公園は、普段に比べ空いていた。それでも凧上げをするつ親子連れが数組以上見られ、テニスコートではボール打ちに興じる家族連れの姿が微笑ましかった。
凧は昨年もそうであったが、洋凧主流である。昨日も和凧は一つも見られなかった。これはちょっと寂しい気がしたが、これもご時世と云うものか。確かに洋凧の方が扱いやすい。特に昨日はお天気が良すぎて風が弱く、洋凧でも時々地上に落下する状態であった。
二人の孫が凧上げを始めた。百香が凧を掲げて敬介が糸を操る。風が無くなると百香が糸を持って走る。相変わらず百香は元気である。凧とともに走って走って、いくら走っても疲れないみたい。歩く時もいつもスキップである。ひと月ほど見ていないが、背が少し伸びている。足が長くなってお姉さんらしくなってきた。
今日は昨日に比べると風が強く、冷たい。気温もやや低いようである。三が日もあっという間に過ぎてしまった。正月気分も今日まで・・・。六日から教室が始まり、七日IC理事会、八日にもスケジュールが入っている。明日からその準備を始めなければと、気持ちを新たにしている。
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「年の始めの例とて 終わりなき世の めでたさを 松竹立てて 門ごとに 祝う今日こそ 楽しけれ」・・・・・・
・・・あちこち体が軋んではいるけれど、皆様とともに一年を楽しく過ごし、ここに新年を迎えられたことに心から感謝しよう。玄関の門扉にしめ縄を飾りその意を表し、微力ながら皆さまのお役にたてるよう頑張ろう。
「初日の光 射しい出て 四方に輝く 今朝の空 君が御影に 比えつつ 仰ぎ見るこそ 尊けれ」・・・
・・・昨日も今日も良い天気である。文字どおり「四方に輝く今朝の空」である。初詣日和だから明治神宮までは無理としても、深大寺あたりを参拝したいところだが、寄る年波には勝てない。どうにも億劫である。ベランダ越しの太陽に手を合わせ、「心に太陽を燃やしつつ、体の軋みと戯れながら、今年も元気に生きよう。Qの分も生きなければ・・・」と遥か天空に祈りを捧げる。
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謹賀新年 (゚ー゚)
旧年中はファミリーコンサートをはじめ、ツガワ歌研の音楽活動に格別なるご支援を賜りありがとうございました。お陰さまで充実した一年を送ることが出来ました。継続は力なり。本年も微力ながら、皆様に喜んでいただけますよう一層の努力を重ねて行きたいと思っております。お忙しいこととは存じますが、引き続きご支援を賜りますようお願い申し上げます。年頭に当たり、皆皆様のご健勝とご多幸をお祈り申し上げます。 平成21年元旦 津川宏志
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